| この素晴らしい世界に祝福を! 10 ギャンブル・スクランブル!【電子特別版】 (角川スニーカー文庫) | |
| 暁 なつめ | |
| KADOKAWA / 角川書店 (2016) |
この素晴らしい世界に祝福を!10
ギャンブル・スクランブル!
【電子特別版】
暁 なつめ
角川スニーカー文庫
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俺は背中にカタカタと軽い振動を感じながら、飽きもせずにずっと指輪を眺めているアイリスに。
「なあ。何度も言うけど、それって一つ四百エリスの安物だからな? アレだよ、王都に帰ったらもっとちゃんとしたのを買ってやるから」
「いいんです! 他の指輪はいりません、私はこれがいいんです!」
もう何度目かになる言葉をかけていた。
「まったく、さっきから何なんですか。私に見せつけているんですか? そんなに取り上げられたいのなら巻き上げてやりましょうか!」
「な、何ですか!? やるんですか!?」
激昂しためぐみんがそんなアイリスの指輪を取り上げようとするのも何度目だろうか。
俺は狭い竜車の中、アイリスに摑みかかるめぐみんに。
「お前もそんなにカッカすんなよ。めぐみんにはちゃんとエルロードせんべいをやっただろ? あっちの方が高いんだぞ」
「値段の問題ではありませんよ! あれはあれで美味しかったですが、なんだか色々負けた気がします!」
面倒臭い事を言い出しためぐみんに、アイリスが指にはめていた指輪を隠す様にして後ずさり。
「私はお兄様の妹ですから。妹は特別なんです、お友達とは違うんです!」
「な、なにおう、なぜ私がカズマの友達に降格しているのですか! 私はカズマの仲間にして同居人ですよ! 友達以上家族未満ですから!」
竜車の後部座席から、気持ちよさそうな寝息が聞こえる。
「なら私は妹なんですから家族です。めぐみんさん以上の存在ですね!」
「よし、さっきから私に喧嘩を売っているのなら買おうじゃないか!」
そんな、騒がしい二人の声を聞きながら。
「王族は強いんです! 絶対に、絶対に負けませんよ!!」
俺も昼寝する事にした──
1
魔王軍幹部、邪神ウォルバク。
本来の力を封印されている状態にもかかわらず、爆裂魔法を操り王都の精鋭達を苦しめてきた大物賞金首。
そんな魔王軍の幹部にして邪神と恐れられた強敵を葬った俺達は、とうとうただのマグレではなく、実力派のパーティーであると認識された。
そして、数多の精鋭冒険者達を率いて魔王軍に勝利し、いよいよ名を馳せた現在売り出し中の俺はといえば──
「野良デュラハンを捕まえに行こうかと思うんだ」
「ちょっと何を言っているのか分かりませんね」
屋敷内のいつもの大広間のソファーにて。
ゆったりとくつろいでいた俺は困惑顔のめぐみんを前に言い放った。
「カズマったらいきなりどうしたの? 突然アクシズ教への信仰に目覚めてアンデッドを駆逐したくなったの? それはとても喜ばしい事だけど、野良デュラハンなんてそうはいないわよ。まずはスケルトンやゴーストで我慢しなさいな」
すっとぼけた事を言ってくるアクアに向けて、俺はなぜ野良デュラハンを捕獲したいのかを説明する。
「俺が野良デュラハンを探しているのは死の宣告ってスキルを覚えるためだよ。とある計画のためにどうしてもあのスキルが必要でな。どっかデュラハンが湧いて出るところはないもんかな?」
「はー!? リッチースキルのドレインタッチといい、どうしてあんたはそう汚らわしいスキルばかり覚えたがるのよ! ちょっとあんた冒険者カード貸しなさいな、ポイントが許す限り、私の宴会芸スキルを片っ端から習得させてあげるから!」
「おいバカやめろ、勝手な事すんなよ! そんなもんよりも回復魔法スキルをとっととよこせ!」
冒険者カードを奪いにかかるアクアを押しのけていると、ソファーに座って膝上にちょむすけを載せていたダクネスが、訝し気に首を傾げた。
前回の旅から帰ってからというもの、このふてぶてしい毛玉はますますアクアを毛嫌いし、隙を見てはアクアの羽衣を齧ったりと味のある猫に育ってきている。
「あんな物騒なスキルを覚えようとはどういう事だ? というか、デュラハンはヴァンパイアやリッチーに次ぐ最上位のアンデッドだぞ? そうどこにでも湧き出されてたまるものか」
ダクネスの答えを聞いた俺は予想通りの答えにしょげ返る。
リッチーが店を開いたり悪魔がアルバイトをする世の中なのだ、デュラハンがお化け屋敷的なところで働いていても今さら驚かないのだが。
そんな俺の様子を見て取ったのか、めぐみんが不安気な顔で尋ねてくる。
「一体どうしたのですか? カズマがそんな強力なスキルを覚えたがるとはかなりの強敵を相手にするという事ですよね。私では力になれませんか? 数多の魔王軍幹部を葬ってきた爆裂魔法ではお役に立てませんか?」
俺はそんな頼りがいのある事を言ってくれる仲間に対し、心配かけまいと精一杯の笑顔を向けて。
「いや、そんな事はないよ。ありがとうめぐみん、爆裂魔法は役に立つ。そうだな、無い物ねだりをしてもしょうがないか......。よしめぐみん、俺と一緒にお隣の国に乗り込むぞ! そして相手国の首都に一発食らわしたあと、王城にこんな脅迫状を送るんだ。『これ以上爆裂魔法による攻撃にさらされたくなければアイリス姫との婚約を破棄せよ。我々魔王軍はアイリス姫の婚約を認めない──』」
「バカか貴様は! アイリス様からの手紙を貰ってから様子がおかしいと思ったら、そんなくだらない事を考えていたのか! もしかしてデュラハンの死の宣告を覚えたがっていたのもアイリス様の婚約者を呪うつもりだったのか!? というか魔王軍はどこから出てきた!」
俺の完璧な計画に対し、ダクネスが突如激昂する。
「くだらないとは何だよ! そうだよ、アイリスの許嫁とやらに遠くから呪いをかけてこう言うんだ。『ははーん、これは魔王の仕業ですね。お姫様をさらうのは魔王の仕事。大事な仕事を横取りするから魔王に恨まれたんですよ。当方には優秀なアークプリーストがいるので呪いを解く事は出来ますが、再び呪いをかけられるとも限りません。ここは魔王を倒すまで、婚約を取り消すのが一番では......』」
「最低です、最低ですよこの男! そんなしょうもない事のために貴重なスキルポイントを消費しようなどとは、恥を知るべきです!」
ダクネスに続きめぐみんまでもがそんな事を言ってくる。
「料理スキルや逃走スキルなんて覚えた俺に今更そんな事言われても。最近ではギルドの冒険者が俺の悪い噂を流してないかを確認するため、『読唇術』なんてスキルも習得してみた」
「お、お前というやつは、本当に冒険とは関係ない方向に歩んで行っているな。なんにせよ、そんなバカな計画にめぐみんは付き合わせないからな」
爆裂魔法や防御スキルにしかスキルポイントを使わない連中にどうしてここまで言われるんだ。
人にとやかく言う前に、お前らこそ使い勝手のいい有用なスキルを覚えろと言いたい。
......と。そんな中でアクアだけがただ一人、意外にも乗り気な様子で。
「私はその計画に乗ってもいいわよ? 特に、悪い事は全部魔王のせいにするところが気に入ったわ。アクシズ教団の日々の活動の一つに、魔王軍に対しての悪評を振り撒くってお仕事があるからね」
「魔王が人類を襲う理由って、ひょっとしてお前らアクシズ教徒のせいじゃないだろうな」
まあ、俺が突然こんな事を言い出したのにもわけがある。
つい先日、俺の下にアイリスから手紙が届いた。
そこには、隣国の許嫁と初の顔合わせに行くので護衛をしてほしい旨が書かれていた。
義理の兄である俺としては、妹に頼まれたとあっては当然断るわけもなく。
可愛い妹をたぶらかすどこぞの馬の骨と戦闘になってもいい様、ちっとも手入れをしていなかった刀を研いだりと、ここ最近色々準備を進めていたのだが──
「しょうがない、ここは正攻法で行くか。護衛依頼を請けてあの手この手で邪魔してやろう。この際だ、スキルポイントは余ってるんだし何か使えるスキルを教えてもらって......」
と、この時俺はまだ気が付いていなかった。
顎に手を当てブツブツと独り言を言いながら悩む俺に、ダクネスが不穏な視線を向けていた事を。
2
そんな事があった次の日。
「──おい。これは一体どういう事だよ、説明しろ」
そろそろ昼も過ぎようかという頃、俺がふと目を覚ますと、なぜかベッドの上で拘束されていた。
「目が覚めたかカズマ。悪いがこれから三日ほどお前を拘束させてもらう。なに、食事は最高の物を用意してやるし、私自ら身の回りの世話もしてやる。欲しい物があれば当家の者に何でも買いに行かせよう」
いつの間に俺の部屋に侵入したのか、勝ち誇った顔のダクネスが陽も明るいうちからバカな事を言ってくる。
季節はそろそろ夏も終わりを迎える頃だ。
暑さで頭がおかしくなったわけではないと思う。
「お前はいきなりどうしちゃったんだよ。何でいきなり拘束してんの? 性癖から考えて立場が逆だろ。俺の事が好き過ぎて我慢が出来なくなったのか?」
「貴様の様な気の多い男を好きになるわけがあるか! あと性癖言うな、この拘束は私の趣味とは関係ない事だ」
ベッドに縛り付けられたままの俺を見下ろしながらダクネスがカッとなって食ってかかる。
「お前相変わらず面倒臭いな。ほっぺとはいえキスまでしといて今さら何言ってんの? 今日びツンデレは流行らないぞ?」
「誰がツンデレだ! というか、今はあの時の事は関係ないだろう。貴様は私とあんな空気になっておきながら、あっちにフラフラ、こっちにフラフラと......。まあいい、今はそれどころではない。アイリス様についての話だ」
ひとしきり俺を叱りつけたダクネスは、こほんと一つ咳払いをすると、
「すまないなカズマ。先日のアイリス様からの護衛依頼についてだが、私から断りの手紙を送っておく。アイリス様が隣国に向かわれるのは三日後だそうだから、出立を確認したらお前の拘束は解いてやる。だからそれまで大人しくしていてくれ」
少しだけ申しわけなさそうな表情で、そんな事を言ってき......。
「お前ふざけんなよ、この拘束はそういう事かよ! このまま放っておけば俺の妹がどこぞの馬の骨に嫁入りするんだぞ!」
「素性も知れない平民の馬の骨の貴様が何を言うか! 得体の知れない馬の骨ではないというのなら、いい加減私にお前の過去を教えろ! ......そうだ、前々から聞きたかったのだ。お前は一体どこの国出身なのだとか、たまに披露する妙な知識はなんなのだとか、人としての常識が欠けているのはどうした事だとか......!」
面倒臭い事を言い出したダクネスの言葉を聞き流し、俺は縛られたまま叫びを上げた。
「めぐみーん、アクアー! 助けてくれ、痴女に朝っぱらから監禁されていたずらされるー!」
「こ、こらっ、おかしな事を言うな! それに残念だったな、あの二人ならどこかに出かけて家にはいない。後は当家の者を呼び寄せ、ベッドごと私の実家に運ぶだけだ。お前に護衛を任せれば間違いなく外交問題に発展する。これも我が国のためだ、我慢してくれ」
「俺が護衛に付いてくだけで何で外交問題に発展するんだよ! 王都で城暮らししてた時に貴族のマナーだって覚えたし、無礼な事はしないから解放しろよ!」
「無礼が服を着て歩いている様な貴様がどの口で言うかっ! 大人しくしていたらそう簡単には手に入らない美味い物を食わせてやる。それにほら、お前は根がニートだろう? 寝ているだけで身の回りの世話をしてもらえるんだ、そう考えれば悪くないだろ?」
身を屈めて俺を覗き込みながら子供をあやす様に言うダクネスに、俺はふとそれどころではない事に気付く。
「......それもそうだな。よし分かった」
「わ、分かってくれたか......! ここのところはバタバタしていたからな。たまにはこうして、お前とゆっくりするのも......」
悪くない。
はにかむ様な笑みを浮かべ、そう続けようとしたダクネスに、
「それじゃあ、さっきから猛烈にトイレ行きたいから早速どうにかしてくれ」
俺は縛られたままでキッパリ告げた。
「......えっ?」
「えじゃないよ、お前さっき言ったろ? 俺の身の回りの世話は私がするって。それってもちろん下の世話も含まれてるんだろうな」
「............えっ」
呆然と固まっているダクネスに。
「というわけで早速命令だ。おいダクネス、しびんを頼む」
「えええええっ!?」
「えええじゃねーよ、早くしろ。まったく使えねーなこのお嬢様は、そもそもお前が言い出した事だろうが。ほら早く、さっさとしろよ」
これはセクハラではない。
身動きが取れないのだから仕方がない。
そう、仕方がないのだ。
「ちち、ちがー! 違う、そうじゃない! いやカズマ、確かに身の回りの世話とは言ったがそうではない、ちょっと待ってくれ!」
「待てねーよ、朝起きたら尿が出る。これは自然の摂理だろうが。言っておくがこれから毎日やってもらうからな? 見ず知らずのお前んところの使用人にこんな事されたくないぞ。ほら早くしろよ」
「うううう......。し、しかし......」
先ほどまでの強気な発言もどこへやら、オロオロと戸惑うダクネス。
「あっ、ちょっとヤバい、ほんとにシャレにならなくなってきた。いつまで恥ずかしがってんだよ、こないだは俺がお前のトイレの世話してやっただろ? 下着脱がそうとしてやったり紙を取ろうとしてやったり。もう長い付き合いなんだ、今更このぐらいで照れるなよ。下半身だけでいいから早く拘束を解いてくれ」
尿意が迫り焦る俺に、ダクネスは小さな声で。
「......解けない」
「......は?」
思わず尋ね返した俺に、ダクネスは申しわけなさそうに俯いて。
「下の世話までは想定していなかったのだ。ど、どうしよう、お前を拘束しているのはかなり強力な魔道具で、途中で拘束を解く手段がないのだ。つまりこれから三日間、お前はそのまま......」
「このバカッ! どうすんだよ、三日間このまま垂れ流しかよ! おいふざけんじゃねえぞ、そんな事になったらお前も同じ目に遭わせてやるからな!」
罵倒されたダクネスは、顔を赤くしもじもじすると、
「お、同じ目に......」
「緊急事態なのに期待してんじゃねえよ! ああ、くそっ!」
俺は唯一動かせる首だけを持ち上げあらためて今の状況を確認する。
今の俺はバインドの魔法でも使われた様に、ゴムみたいな材質のロープで肩から膝までを拘束されていた。
一見すると簡単に切れそうだが、強力な魔道具と言っていたのでおそらくはそれも無理だろう。
だがロープをずらすぐらいなら出来そうだ。
「おいダクネス、お前の力ならどうにかロープに隙間ぐらいは作れるだろ。俺の下半身にかかったロープをピンポイントでずらしてくれ。そこからぴょろっと出してもらって用を足す」
「わ、分かった、任せろ!」
若干顔を赤くしながらダクネスがロープをずらしにかかった。
それは俺の体にピッチリと張り付きながらも、かろうじてアレを取り出せるほどの隙間が出来る。
「よし、よくやった。それじゃ、そこにしびんがあるから取ってくれ」
「......なんでそんな物がここにあるのだ? こんな物、一体何に......」
「ニートのたしなみってやつだ。冬場寒い時とか朝トイレに行くのが面倒な場合があるだろ。そういう時に重宝するんだ」
「お、お前というやつはどこまで......。まあいい、今は助かった。ほら、ここに置くぞ」
呆れ顔のダクネスが、そう言ってしびんを俺の腰の横に置き......。
「おい、このままで出来るわけないだろ、お前が俺のパンツを下ろして用を足させるんだよ」
「ええっ!?」
こいつ、この状況の俺にどうしろってんだ。
「ええじゃない、俺は両手が拘束されてるし身動きだって取れないんだぞ。大体この状況はお前が招いたんだろうが、もうヤバいんだって、早くしろよ!」
「そそ、そんな事を言われても! ああもうっ......」
泣きそうな顔をしながらも、ダクネスは顔を背けて手を伸ばす。
と、途中までズボンを下ろしたダクネスが、不思議そうな顔をした。
「......ん? おいカズマ、ズボンが引っかかって下ろせないのだが。これは......」
「すまんね、寝起きの生理現象だ」
............。
「わっ、わああああああああああああ!」
「いだだだだだだだだだ何すんだやめろ! やめっ! ちぎれるゥ!」
何がちぎれるとは言わないが、俺はそれまでのダクネスに対する楽しいセクハラの事も忘れて悲鳴を上げる。
「何考えてるんだ、危うく性別がクラスチェンジするとこだったぞ! お前本当に覚えてろよ、拘束が解けたら絶対涙目にしてやる!」
「既に十分涙目なのだが......。なあカズマ、もう諦めないか? ほら、アクアが帰ってきたらクリエイトウォーターとピュリフィケーションで綺麗にしてもらえば......」
「漏らせってか! お前、もう諦めて俺にこのまま漏らせって言ってんのか! バカ言ってないでとっととやれ! 目を逸らしてるからダメなんだ、お前が蒔いた種なんだから責任取ってちゃんと見ろよ、ほら早く!」
今度はしっかりと俺の下半身を見据えたダクネスが、再びズボンに手をかけた。
「くっ、こんなはずでは......! 私はただ、お前を隔離してアイリス様を守ろうとしただけなのに......。し、しかし、貴族令嬢である私が無理やり下の世話をさせられたり、ちゃんと見ろと命令される今の状況は、考えようによっては悪くないというか......」
「おい、アホな事言ってないで早くしろって、もう時間がないんだって! ダメだ、もう無理、我慢出来ない!」
「ま、待てカズマ、今私が処理してやるから! スッキリするにはまだ早い! ああもうっ、こんなところをもしアクアやめぐみんに見られたら......!」
と、ダクネスがそこまで言った時だった。
ふとドアの方から視線を感じそちらを見ると、アクアが家政婦は見たみたいなポーズで顔を覗かせおののいている。
「あわわわわわわ......、ダクネスとカズマがいつの間にかこんないかがわしい関係になってただなんて......。ちょっとギルドの皆に言いふらしてくるわね!」
「「待ってくれ!」」
「──ふう。助かったよアクア、危うくこの痴女のおかげで漏らすとこだった」
アクアの魔法で魔道具の拘束を解除してもらった俺がスッキリして部屋に戻ると、泣きそうな顔のダクネスがブツブツと呟いていた。
「うう......。わ、私は痴女では......」
「ダクネスが痴女なのは今に始まった事じゃないからどうでもいいけど、一体なんの遊びをしてたの?」
「ア、アクア!?」
なぜかショックを受けているダクネスをよそに、俺は経緯を説明する。
「こないだアイリスから俺達に護衛依頼の手紙が来ただろ? で、依頼を請けるのをなぜかダクネスが反対してな。俺を拘束してダクネスの実家に監禁し、そこで色々いたずらしながら依頼をやり過ごそうとしていたらしい」
「ダクネスってばそれは痴女って言われても仕方がないわよ?」
「いたずらなんて誰がするか! ......しかし、今回に限っては本当にマズいのだ。アイリス様の婚約相手は隣国エルロードの第一王子でな。この王子というのが大変気難しいそうで、お前達がいつものノリで無礼を働けば一発で外交問題になるだろう」
気難しい第一王子。
そんな事を聞いた以上、なおさらアイリスを守ってやらねばなるまい。
と、それを聞いたアクアが目をキラキラと輝かせた。
「エルロード? 今エルロードって言った? 行き先はカジノ大国のエルロードなの?」
よく分からないが、その国の名前はアクアの琴線に触れたらしい。
カジノ大国とはまた楽しそうな響きだ。
いつになく乗り気なアクアを見てダクネスが顔を引きつらせ、
「アクア、言っておくが護衛依頼なのだから向こうに行っても遊べないからな? そうだ、そんなにエルロードのカジノに行きたいのなら今度みんなで旅行に行こう! わざわざ仕事で行かなくても、私達には十分なお金があるのだし純粋に遊びに行けばいい!」
そう必死に説得するも、アクアの顔を見れば既に行く気満々なのが見て取れた。
俺は満足気に頷くと、
「よし、アクアも今回の依頼を請ける事に賛成みたいだな! じゃあめぐみんが帰ってきたら多数決でも取るか。とはいっても、ここんとこクエストもこなしてないし遠出する事に反対するとは思えないけどな!」
「ううううううう......」
頭を抱えているダクネスを見ながら俺は確信を持った笑みを浮かべた。
3
「嫌です」
その日の夕方。
日課である爆裂魔法を放ってきたのか、ゆんゆんに背負われ送り届けてもらっためぐみんが、ぐったりしながらも言ってきた。
ウォルバク討伐から帰ってからというもの、こいつときたらなぜかやたらと反抗的だ。
いつもは無理やりに俺を付き合わせていた爆裂散歩も、ここのところはずっとゆんゆんに付き添われている。
「嫌ですって、またどうしたんだよ? いつもならまだ見ぬ強敵を倒すのですとか言って真っ先に賛成しそうなのに」
広間のソファーに深く身を沈めためぐみんは、夕飯の用意をしているアクアとダクネスがいるであろう台所の方を少しだけ気にした後、俺にチラリと視線を送り。
「どうしたもこうしたもないですよ。まったくこの男ときたら普段はテコでも働かないくせに、アイリスが絡むとどうしてアッサリ引き受けるんですか」
いつになく殊勝な事を言うめぐみんに、俺は煽る様に。
「おっ、なんだお前、妬いてんのか?」
だがめぐみんは、いつもの様にカッと怒るかと思えばジッと俺の顔を見つめてくる。
「そうですよ、妬いてるんです。あんな事があったんですから、ちょっとは私の事を気にかけてくれてもいいじゃないですか」
「えっ。......あっ、はい」
からかう様子も見せず直球でくるめぐみんに、なぜか俺の方が戸惑い顔が熱くなる。
あんな事というのはあの日あの夜、一線を越えそうになった事だろう。
ていうかこいつ、こんな事言うヤツだったっけ?
なんか吹っ切れたというかタガが外れたというか、遠慮がなくなった感がある。
「カズマはそんなにアイリスの事が気にかかるんですか?」
そう言ってジッとこちらを見つめてくるめぐみんに。
「い、いやまあ、なんかほっとけない子っていうかさ。異性としてってより、立場のせいでいつも自分を抑えてわがままも言えず、周りに気を遣ってばかりの寂しい想いをしてる妹って感じで気になるんだよ」
俺はニートではあるもののロリコンではない。
アイリスの事はあくまでも可愛い妹として見ている。
将来的に大きくなり、私お兄ちゃんのお嫁さんになりたいと言い出したら願いを叶えてあげるのもやぶさかではないが。
予想外のめぐみんの態度に早口になってしまった俺は、自分の顔が赤くなってないかと心配しながら言葉を続けた。
「まあでもあれだ、めぐみんが嫌だっていうのなら別の方法を考えるか。護衛として行くのなら皆で行きたいし。アイリスの顔が見られないのは残念だけど......」
「請けましょう」
と、めぐみんはそんな俺の言葉を遮ると、ふうと小さくため息を吐き。
「私もあの子の事が気になりますからね。さっきはちょっと妬いていただけですから」
「お、おう」
なんだろう、この直球の好意は。
耳の辺りが凄く熱い。
年下の小娘に手玉に取られ、熱くなった自分の顔にフリーズでもかけようかと考えていると、ダクネスとアクアが台所から食事を運んできた。
「めぐみん、帰ってきたのか。今夜はご馳走だぞ! ......どうしたカズマ、顔が赤いぞ?」
「どど、どうもしないよ! なあめぐみん!」
顔の赤さを指摘され動揺する俺とは違い、めぐみんは平然とした顔でダクネスに微笑み返している。
何でこうも堂々としてんだよこいつは、ソワソワしてる俺がバカみたいじゃないか。
「めぐみんってば、もっと早く帰っていれば面白い物が見られたのに。ダクネスがカズマをベッドに縛り付けていたずらしようとしていたの」
「ほう」
アクアが放った余計な言葉にめぐみんがピクリと反応する。
「待てアクア、私はいたずらしようとはしていない! 縛り付けていたのは事実だが、あれは先ほど説明した様に......」
皿を手にしたダクネスが、チラチラとめぐみんの様子を窺いながら慌てて状況を説明するが、
「いやあ、アクアが駆けつけるのが後ちょっと遅かったら、危うくダクネスにズボンを下ろされるとこだった。助かったよ」
「なあっ!?」
追加で放った俺の言葉にめぐみんが瞳を紅く輝かせた。
「......まあ、年中盛っているダクネスが誰に何をしようが私には関係ありませんが。仮にも良家のお嬢様が、男を無理やり手籠めにするのは感心しませんね!」
「ちちちち、ちが......! 違うんだめぐみん、これには事情が! それに、年中盛ってるとか言わないで欲しい!」
ダクネスが慌てながら説明に入るが、俺達の視線はテーブルに置かれた料理に釘付けだった。
「あら、カズマったらこれが気になるのかしら? 私と美食巡りをしただけあってなかなか目聡いわね。そう、今日の晩ご飯はふぐよふぐ! それもふぐの王様と呼ばれる極楽ふぐよ。他のふぐに比べ格段に毒素が強いけど、美食家達に『これを食べて死ねるなら構わない』とまで言わせる絶品だからね! このふぐだけは今の季節が旬なのよ」
「名前からして味の事を指してるのか食べた後の事を指してるのか分からないふぐだな。しかしお前、ふぐの調理資格なんて持ってたんだな。前々から多芸なヤツだと思ってたがやるじゃないか」
いそいそと席に着いた俺とめぐみんは、並べられた料理に目を輝かせた。
ふぐ刺し、ふぐ鍋、茶碗蒸し。
白子の様な物が入った小皿、そして七輪に載せられたふぐのヒレ。
見ているだけで涎が出そうなそれらの料理に、俺はもう我慢出来ないとばかりに手を伸ばし......、
「そんな資格持ってるわけないじゃない。体がしびしびしてきたらちゃんと言うのよ、解毒魔法かけてあげるから」
「おい」
これだから異世界は大雑把で嫌なんだ。
手に取った茶碗蒸しを突き返していると、俺の隣でズルッという音が聞こえてくる。
「うまうま」
「食ってんじゃねーよ、それ毒取り除いてないんだぞ!?」
同じく茶碗蒸しを手にしていためぐみんが、実に美味そうに貪っていた。
いやそれだけではない、いつの間にか俺の対面に座ったダクネスも、ふぐ刺しをフォークで突き刺し口にしている。
マジか、こいつら躊躇しないのか。
この世界の住人は解毒魔法とセットでふぐを食うのか。
魔法がある世界なんだから、合理的と言えば合理的なのかもしれないが......。
俺の視線を浴びていたダクネスは、先ほどからかわれた仕返しとばかりにニヤニヤし、
「なんだカズマ、冒険者たる者がふぐの毒を恐れるのか? プリーストの腕に関してだけは一流のアクアがいるのだ、一体何を怖がる必要がある」
「ねえダクネス、プリーストの腕に関してだけはって言った?」
「言ってない」
そんな事を言いながらダクネスは他の料理へと取りかかった。
隣ではめぐみんがふぐ鍋から中身を取り分け幸せそうに啜っている。
............ふぐか。
そういえば俺、日本にいた時もふぐなんて食った事なかったんだよな。
「そうだよな、お前他はともかく回復魔法だけは一流だもんな。よし!」
「ねえカズマ、今他はともかくって言ったでしょ」
「言ってない。......美味っ! なにこれ、超美味い!」
早速ふぐ鍋に手を付けた俺はあまりの美味さに声が出た。
ボキャブラリーが低い俺としては、ただひたすらに超美味いとしか表現出来ない。
そんな俺達の様子を見て、アクアは満足そうな笑みを浮かべ。
「皆が喜んでくれたみたいで良かったわ。本来ならそのふぐは、新しい信者をゲットするためにセシリーが用意してくれた物なの。道行く人達をふぐの魅力で釣って、食べた後は解毒魔法を餌に改宗を迫るっていう凄い作戦を立ててくれたんだけどね。なんかセシリーがお巡りさんに連れていかれちゃって」
「お前らそんな事しようとしてたのかよ。もうあの女に関わるなって言っただろ」
まあしかし、そのおかげでこうして極上のふぐを食えるのなら感謝だ。
俺が薄く切られたふぐ刺しに取りかかると、アクアはふぐのヒレを七輪で炙り、ヒレ酒を作って飲み始める。
ふぐの白子を肴にヒレ酒を飲むアクアは、もはや女神でもヒロインでもなくただのおっさんの姿だった。
「そういえば、ふぐの内臓って特に毒素が強いんじゃないのか? 調子に乗って食い過ぎるなよ。体が痺れてきてイザって時に、魔法を使えるお前が動けなかったら意味ないんだからな?」
「バカね、私が身に着けているのは神器なのよ? 有害な状態異常を無効化する凄い物なの。ふぐの毒なんて効くわけないでしょう?」
そういや昔、そんな話を聞いた事があったな。
こいつの事だからどこか穴があるんじゃないかと心配したが、それなら......!
──どれぐらいふぐ料理を堪能しただろうか。
「ふふふ、ろうらカフマ、わたひふらいになれば、ろくへの耐性もなかなかの......」
「こいつ、舌が痺れて呂律が回らなくなってやがる」
やばそうな箇所をバクバク食べていたダクネスの呂律が怪しくなるのを見て、そろそろ解毒魔法をかけてもらおうとしたその時だった。
ふと俺の方に何かがズシッともたれかかってくる。
見れば顔を赤くしためぐみんが、皆の前だというのに甘える様に俺の肩に頭を載せて......。
「って、おいアクア! こいふやふぁい......。って、俺もろれふが回らなく......」
と、アクアの方を見た俺は、その瞬間血の気が引いた。
テーブルの上にはアクアが顔を突っ伏し倒れている。
こいつの神器とやらは何だったんだよ、毒を無効化出来るんじゃなかったのか!?
事態に気が付いたダクネスが、慌ててアクアを抱き起こすと......!
「すかー」
「こいふ、早々と酔いつぶれてるんひゃねへよ! 起きろ! おひろってー!」
4
翌朝。
「なあカズマ、本当にアイリス様の依頼を請けるのか? ハッキリ言うぞ。お前の無礼な態度がなくとも、私達の実力では護衛依頼を失敗するのが関の山だと思うのだが。ふぐにあたって壊滅しかけたパーティーというのは私達ぐらいのものではないのか?」
「昨日の事なら冒険中の失敗じゃないんだからノーカンだ。俺達はこの世で最も魔王軍幹部を倒しているアクセル一のパーティーだ。誰にも文句は言わせない」
昨夜、危うく食中毒で壊滅しかけた俺達は、王都へ行く準備を終えて、アクセルの街のテレポート屋にやって来ていた。
あの後エリス教会に駆け込んでどうにか事なきを得たが、もうふぐ料理は遠慮したい。
「ゼル帝とちょむすけを預けに行ったアクアは遅いですね。何かあったのでしょうか?」
俺達は今、ウィズの店にウチのペット達を預けに行ったアクア待ちだ。
あいつ、またバニルと喧嘩でもしてるんじゃないだろうな。
と、そんな事を考えている間に荷物を背負ったアクアがやってきた。
「あの子達はちゃんと預けてきたわ。性悪仮面がちょむすけを見て、『ほほう、これはまたちょっと目を離した隙に面白い事になっておるな! フハハハハハハ!』とかわけわかんない事言ってグリグリしてたけど、まあ問題はないでしょう」
面白い事って何だろう。
やっぱ大きくなったらあのお姉さんに化けてくれるんだろうか。
そちらも凄く気になるが、今はそれどころじゃない。
「おいお前ら、ここのテレポート屋には俺に交渉させてくれ。この店にはずっと前から文句を言ってやりたかったんだ」
「文句だと? お前、ここの店主と何か諍いでもあったのか?」
ダクネスが訝し気に尋ねてくるが、俺は答える事なくテレポート屋のドアを開けた。
思い起こす事数か月前。
あれは妹であるアイリスと無理やりに引き離され、こっそりと会いに行こうとした時だった。
「よう親父、また来てやったぞ! 王都行きのテレポートを頼む」
「いらっしゃ......。って、あんたは手配中のサトウカズマじゃないか! 性懲りもなくまた来やがって、あんたには王都へのテレポート許可は下りてないって言っただろ!」
そんな俺達のやり取りを聞いたダクネスが呆れた様な声を出す。
「お、お前、ちょっと目を離した隙にアイリス様に会いに行こうとしていたのか」
「そうだよ。あのクレアって貴族が手を回したせいか、王都へのテレポートは出来なかったんだけどな。だが今は違う。ほらおっさん、これを見ろよ! 王家からの招待状だ、正式なやつだから汚すなよ!」
そう言ってアイリスからの手紙を見せびらかす俺に、テレポート屋の店主が嫌そうな顔をした。
「それって本物なんですか? どこかで偽造してきたんじゃないでしょうね? こないだは、ダスティネス家の関係者である俺に歯向かうと大変な事になるぞと脅されましたし」
「おいカズマ、ちょっと来い。話がある」
「断る。おいおっさん、ここにいるのはそのダスティネス家のご令嬢だ。ほら、この街にいるなら見覚えぐらいはないか? 俺は噓は言っていなかっただろ」
俺はぐいぐいと手を引いてくるダクネスに抵抗しながら問いかけると、店主はみるみる内に顔を青くした。
店主の反応を見たダクネスは、必死の形相で俺を店の隅へと引きずっていく。
「断る、ではない! なあカズマ、お前よそで私の名前を使っておかしな事をしでかしていないだろうな? 当家の権力を使って何かやらかしていないだろうな?」
「アクアと高級料亭に行った時、その服装では困りますって言われ追い返されそうになって、その時に名前出したぐらいだよ」
「私はアクシズ教団の教会建て直しの工事を大工のおじさん達が誰も引き受けたがらなかったから、アクシズ教団に嫌がらせをするのならダクネスに言い付けるからねって言ったぐらいね」
「私は商店街で夕飯のおかずを買いに出た時に、ララティーナお嬢様の口に入る物なので特に美味しい部分をお願いしますと頼んだぐらいですね」
俺達の言葉を聞いたダクネスが力なくその場に頽れる。
両手で顔を覆っているのは、泣き出したいのを我慢しているのか、恥ずかしさを隠しているのか。
そんなダクネスを気の毒そうに見ていた店主は、気を遣う様に声をかけてきた。
「その反応でダスティネス家の方だという事は理解しました。あの、王家からの依頼という事でしたらお代の方は結構ですので......」
「おっ、すまんね」
「払います! 代金はきちんと払う、庶民にこれ以上の迷惑はかけられない!」
当たり前の様に受けようとした俺を遮り、ダクネスが跳ね起き財布を取り出す。
「おいカズマ、今回の依頼が終わったら色々と聞きたい事があるから覚えていろよ。そこで自分は関係ないフリをしているアクアとめぐみんもだぞ!」
店主に金を支払いながらブツブツ言うダクネスを、俺達三人は囲む様にして魔法陣の中へと押し込んだ。
「まったく、頭の固いお嬢様だな。俺達はパーティーメンバーであり家族だろ? 持ちつ持たれつ、困った時はお互いさまってやつだ。俺はお前が貴族だろうが態度も扱いも変えないし気にしない。それが仲間ってもんさ。お前も、困った時にはアクセル一の冒険者である俺の名前を使っていいぞ」
「そうよダクネス、アクシズ教団の威光が欲しい時はいつでも言ってね。私が助けてあげるから」
「最初にダクネスが貴族だと打ち明けられた時は少しだけビビりましたが、今ではダクネスはダクネスだと認識してます。紅魔族の力が借りたい時は遠慮なく言ってくださいね。里の皆に手紙を出すぐらいは出来ますから」
口々に言う俺達に、ダクネスは一瞬だけ照れた様な嬉しそうな表情を浮かべ。
「お、お前達......! ......ん? いや待て、やっぱりおかしい! というか、私がお前達の名前を借りたりアクシズ教団や紅魔族に力を貸してもらう時が来るとも思えないし......!」
ダクネスがよく分からない事を言って騒ぐ中、俺達はテレポートに備えて魔法陣の中で待機する。
と、そんな時。
「ねえねえカズマ、知ってる? テレポートによる転送って、極稀に事故が起こるんだって! うっかりテレポート魔法陣に飛び込んだ他の動物と混ざっちゃったり! ワーウルフやラミアって、そうやって出来たものなんだってさ! だってさ!」
アクアが、俺を怖がらせようとするかの様に突然そんな話をしてくるが......。
「じゃあ、今度ゴブリンか何かを三匹ほど捕まえてきてお前と一緒に転送するか。いい感じに混ざり合えば、お前の知力がちょっとは上がってくれると思うよ」
「なんですってクソニート、あんたこそ働き蟻と転送させて、そのニート体質直してあげるわよ!」
「あ、あの......。本当に転送事故が起きかねないので、魔法陣の上で暴れるのはお止めに......」
困り顔の店主がおずおずと口にする中、俺は出発の合図を送る。
「よし。おっさん、王都まで行ってくれ!」
今までに俺が請けた大きな依頼は、全て巻き込まれたり流されたりした物だった。
だが、今回は違う。
顔も知らないどこかの王子に大事な妹を渡せるかという自分の意志を貫くため。
「ちょっ、待っ......!」
まだ何か文句を言いたそうなダクネスをよそに、店主は俺達に魔法を唱えた。
「『テレポート』!」
1
テレポートで王都に送られた俺達は、久しぶりに王城の前へとやってきていた。
城の前には二人の門番が並び、俺達に胡散臭い者を見る目を向けている。
「止まれ! この先には用のない者は立ち入り禁止だ、冒険者が近付いて良い場所ではないぞ!」
高圧的な態度の兵士に向けて、俺はアイリスからの手紙を印籠でも掲げる様に見せ付けた。
「アイリス姫からの依頼を請け、アクセルの街からやって来た冒険者、佐藤和真だが?」
王家の紋章入りの封筒を見ると、二人の兵士は顔色を変えて姿勢を正す。
「こ、これは失礼を......! 今すぐ上の者をお呼びしますので、少々お待ちを! そちらの封筒を預かってもよろしいですか?」
「うむ、よろしいだろう」
畏まる兵士二人に少しだけ偉ぶった態度を取っていると横からダクネスに小突かれた。
封筒を確認していた兵士が中の手紙に視線を落とすと首を傾げ。
「おや、中の手紙が破れていますが、これは......?」
「いや、それは気にしなくていい! ほら、冒険者とかやってると色々とね? 分かるだろ、モンスターとかさ!」
「ああ、なるほど......。では、こちらの控え室でお待ちください」
まさか、怒りに任せて王家からの手紙を破ったとは言えず適当にごまかした俺は、兵士の一人に案内され控え室に通された。
皆が思い思いに座る中、俺達を案内してくれた兵士が目を輝かせ、ここ最近の王都の噂話を教えてくれた。
「──サトウカズマ殿と言いますと、最近は王都でも名が売れ始めた方ですよね? なんでもこないだの戦いで、最前線の砦で指揮を執ったダスティネス様を補佐し、我が軍を勝利に導いたとか。機転が利き無数のスキルを使いこなすリーダーのカズマ殿をはじめ、クルセイダーであるダスティネス卿、凄まじい魔力を誇るアークウィザード、そして左官屋を引き連れた凄腕パーティーだとか」
「ねえ、麗しいアークプリーストの存在がなかった事にされてるんですけど」
何だかんだ言いながら、俺達は魔王の幹部を最も多く葬ったパーティーなのだ。
むしろ、今まで名前が知れ渡らなかったのがおかしいのだ。
「今のところパーティーメンバーの名前が判明しているのはカズマ殿とダスティネス卿だけらしいですが、ひょっとしてそちらの方が爆裂魔法すら操れるとの噂がある、大魔法使い様ですか? 凄まじい活躍をしたらしいのになぜかその名が語られない事から、表舞台には立ちたくない、謙虚でミステリアスな人物であると噂されているのですが......」
兵士の言葉にめぐみんは、少しだけ顔を上気させて口元を微妙に崩しながらも、思慮深い魔法使いでもイメージしているのか静かに答える。
「......ほう、その様な噂があるのですか? まあ謙虚と言えば謙虚かもしれませんね。なにせ私は、冒険で得たお金などは全部カズマに預けている身なので」
「ねえ、私の名前もないんですけど。世界的にも有名な私の名前がないんですけど」
めぐみんの名前が語られていないのは別の理由からだと思うのだが、謙虚でミステリアスという褒め言葉に舞い上がり、そこら辺は頭から離れている様だ。
そんなめぐみんの態度に、兵士は感極まったのかますます目を輝かせ。
「す、凄いですね、お金や名声には興味がないという事ですか!?」
「ふ......。我が願いは魔法の真髄を極める事のみ。リーダーであるカズマにどうしてもと我が力を乞われた時、私はこう答えたのです。我が欲するは最小限の食費と雑費。そして、我が力を正しく振るえる活躍の場である、と......!」
「おおおおおおおお!」
こいつ、パーティーから放り出そうとした際に、食費と雑費だけでいいから捨てないでと泣きついてきたくせに。
と、その時だった。
「ああっ! 本当に来た!」
ドアが開け放たれたままの控え室の入口から悲痛な叫びが聞こえてくる。
そこにいたのはどこか見覚えのある、深くフードを被った魔法使い。
アイリスの教育係と護衛を務める貴族令嬢、レインがいた。
「本当に来たとは随分だな。俺はわざわざアイリスに呼ばれて来たんだぞ? 本来ならもっとこう、新たに魔王軍幹部を倒したパーティーを称えるために、表彰だの晩餐会だのがあってもいいんじゃないのか?」
「うっ......。そ、それは......」
レインにも思うところがあったのか、少しだけ気まずそうに目を逸らす。
だがそれも一瞬の事で、俺の隣にいたダクネスの腕を取ると、控え室から出て俺の様子をチラチラ窺い、ヒソヒソと何かを話し出した。
『ダスティネス様、今回の依頼はどうにかして断念させるという話ではなかったのですか!? あの方にアイリス様を任せるだなんて間違いなく外交問題に......!』
『分かっている、こちらも努力はしてみたのだが思いのほか抵抗が激しくてな。幸いな事にあの男は私が折れたと思って油断しきっている。隣国の首都に着いたら一服盛って、アイリス様が滞在なされる間、ずっと眠らせておくつもりだ』
『おお、さすがはダスティネス様! そういう事なら安心です!』
......あいつら何て事企んでやがるんだ。
というか、ダクネスが俺を拘束しようとしたのも国からの依頼だったのか。
と、なぜ俺が二人の密談を理解出来るのかといえば......。
「どうしたのカズマ、二人の顔をジッと見て?」
「ああ、最近覚えたスキルの調子を確かめてた」
そう、『読唇術』という新スキルのおかげである。
これは相手の口元を見るだけで大体の会話の内容が読み取れる新スキル。
暇を持て余して冒険者ギルドの連中の会話を盗み聞きでもしてやろうと、大した意味もなく覚えてみたスキルなのだが、これはなかなかに良いものだ。
と、唐突に控え室の外が騒がしくなった。
「サトウカズマ! サトウカズマが来ているというのは本当か!」
やはり聞き覚えのあるその声の主は、俺が少しだけ苦手とする女性のもの。
俺達が何事かとそちらを見れば、白スーツがトレードマークの大貴族、アイリスの護衛役であるクレアが部屋の中に駆け込んできた。
クレアは俺の姿を見付けると、無言のまま腕を取り部屋の隅へと引っ張っていき──
「──おっ、なんだ白スーツ。あんたも俺が護衛を務める事に反対なのか?」
警戒する俺に向け、だがクレアは身を屈めながら声を潜めると。
「白スーツ言うな無礼者め。だが今回はよく来てくれた、礼を言うぞ」
......。
「あんたが俺に礼を言うなんてどういう風の吹き回しだ? 一体何を企んでるんだよ」
その態度に更に警戒を強める俺に、
「企んでなどいない。......いや、企んでいるといえば企んでいるのか。おい、貴様にはこれをやろう」
クレアはそう言って、胸元に下げていた家紋入りのペンダントを渡してきた。
それは普段ダクネスも身に着けている、貴族が身分を証明するための大切な物のはず。
「......本当にどうしたんだよ? あんた、日頃あんな態度を取っておきながら実は俺に惚れてたのか? だが残念だな、最近とある女の子といい感じでな。誠実な男である俺としてはこれ以上は許容範囲外だ。すまないが諦めてくれ」
「バカか貴様は、どうしてそうなる! というかまだ何も言っていない内から、なぜ私が振られているんだ!」
激昂したクレアは自らの声の大きさにハッと我に返ると、周りを見回しながらすぐに落ち着きを取り戻し。
「そうではなく、今回ばかりはお前と協力出来ると思ってな。というのも、今回の顔合わせには色々と政治的な理由があるのだが......。そもそも私は、そういったものの前にアイリス様の婚約自体に反対でな」
「よし、詳しく聞こうか」
真剣に話を聞く態勢になった俺に、クレアは懐から何かを取り出す。
「アイリス様の相手は隣国の第一王子だ。だが、こいつが甘やかされて育ったせいか実にワガママな小僧でな。生まれ持った戦闘の才能においてもアイリス様には遠く及ばず、外見的にもこの世で最も可憐でお美しいアイリス様には釣り合うはずもない。それに、隣国エルロードは我が国を下に見ていてな。アイリス様が嫁いだところで、田舎者めと陰口を叩かれるなどきっと酷い目に遭われるだろう。......そこで貴様には、これを預ける」
そう言って、据わった目をしたクレアが黒い包みを差し出してきた。
「これは?」
「貴族が政敵を葬る際に使われる、ご禁制の劇薬で......」
俺は受け取りかけたそれを即座に捨てる。
「こらっ、それを手に入れるのにどれだけの金がかかったと思っている!」
「人を暗殺者に仕立て上げるんじゃねえよ! 婚約破棄させるなら喜んで手伝うが捨て駒になる気はないぞ! お前あわよくば、そいつと一緒に社会的に俺も抹殺しようとしてるだろ!」
クレアは小さく舌打ちすると、
「仕方がない。なら、貴様には護衛任務以外にもう一つ依頼したい。先ほど預けたネックレスがあれば我がシンフォニア家の権力をある程度自由に行使出来る。今回に限り当家が後ろ盾になってやる。アイリス様をあんな馬の骨になど渡せるか、どうあっても婚約を破棄させてこい」
「そういう事なら喜んで。アイリスを不幸な目に遭わせてたまるかよ。この俺に任せとけ、相手が生意気なクソガキだっていうのならあらゆる手を使って邪魔してやる」
俺の即答を受け、クレアはパアッと表情を輝かせると。
「私はお前の事を誤解していた様だ。今までの無礼を謝らせてくれ、アイリス様の事は任せたぞ」
「なに、俺の方こそ色々とすまなかった。あんたのアイリスに対する想いは本物の様だ。こう見えても俺は数多の強敵と渡り合ってきた男だ。このぐらい容易い事さ」
アイリスの事で常に争っていた俺達が打ち解け合った瞬間である。
俺とクレアは互いに右手を差し出すと、その手をしっかりと握り締め。
「今この場では、お前が誰よりも頼もしく思える。私はこの国を離れるわけにはいかんのだ、報酬は弾むから任せたぞ」
「俺からしてもあんたの様な強力な後ろ盾が出来た事は有り難い。それに報酬なら、上手くいったあかつきには、一緒に酒でも飲みながらアイリスの子供の頃の愛らしさについて教えてくれればそれでいいさ」
「なんて欲のない男だ。その時は朝までだって語ってやろう、幼少時代のアイリス様がどれほどの破壊力を秘めていたのかを」
そうして俺達は、周りの目もはばからずにひとしきり笑い合い......、
「二人とも、随分と楽しそうですね」
突如かけられた、寂しそうな声にそちらを向くと。
控え室の入口に、人見知りするかの様にもじもじしながら、そっと顔だけを覗かせてこちらの様子を窺う少女。
王女アイリスその人が、俺と目を合わせた瞬間、はにかみながら言ってきた。
「お久しぶりですお兄様。お待ちしておりました......!」
2
王城の裏に案内された俺達は、見た目だけは質素だが、頑丈な作りをした馬車の前に立っていた。
いや、それは正確には馬車ではない。
本来車輪がある部分には何もなく、それを引くのも馬ではなかった。
「リザードランナーです! カズマ、リザードランナーですよリザードランナー!」
興奮しためぐみんが俺の服の袖を引っ張ってくる。
そう、馬車らしき乗り物に繫がれていたのは二匹のトカゲ。
昔、俺達が討伐依頼を請けた事もあるエリマキトカゲみたいな二足歩行のモンスター達は、こちらを見るなり声を上げた。
「キュンキュンキュイー!」
強面に似合わない可愛いらしい鳴き声に、アクアとめぐみんが目を輝かせる。
「む、王家の竜車を使うのか? 今回の顔合わせはお忍びだと聞いたのだが」
竜車を見たダクネスがそんな疑問を口にする。
「通常の馬車では時間がかかり過ぎる。普通に向かえば十日はかかる距離だが、この王家特製の竜車であれば時間を思い切り短縮出来る」
クレアはそう言いながら何事かをブツブツ唱え、竜車に向かって手を置いた。
すると、地上から数十センチ程の高さに竜車が浮き上がりピタリと止まる。
なるほど、馬車みたいに車輪がないのはこのためか。
これならリザードランナーが車を引っ張るのにもほとんど抵抗がないだろうし、確かに速そうだ。
「アイリス様と十日以上も顔を合わせないとなると私がどうにかなってしまいそうだからな。普通の馬車では往復二十日以上になる。そんなもの耐えられるか」
「もうあんたも一緒に付いて来ればいいんじゃないのか?」
俺が若干引きながらそう言うも、クレアは悔し気に顔をしかめると。
「今回の旅はお忍びだと言っただろう? あまり供の者がぞろぞろといれば、一体どこの貴族だと思われてしまう。そのために竜車も質素な見た目に改良したのだ。それに、私はこの国において重鎮でもある。当然多くの仕事も担っているのだ。さすがに国元を何日も空けるわけにはいかなくてな」
こいつが重鎮って時点でこの国の未来が心配になるんだが。
と、ダクネスが御者台に座りリザードランナー達に繫がれた革紐を手に取った。
御者はなんとダクネスが務めるという。
流石に貴族なだけはあり、馬の扱いぐらいは出来るとの事。
扱うのは馬とは違うがダクネスに言わせれば問題ないという。
不器用なこいつに任せるのは一抹の不安があるのだが......。
今回、アイリスの護衛役はなんと俺達だけらしい。
あまり堅苦しいのにぞろぞろと付いて来られても、アイリスに気安く接するなと怒られそうだしそういった意味では有り難い。
と、俺達が来る前に旅の支度はされていたのだろう。
もう待ちきれない様子のアイリスが、いかにも王族が身に着けそうな鎧ときらびやかな剣を装備したまま竜車に乗った。
「お兄様、どうぞこちらへ! 私の隣が空いてますので、道中は以前の様にゲームをしましょう!」
「おっ? お兄ちゃんっ子だなアイリスは。よーし、お兄ちゃん張りきっちゃうぞー」
竜車に乗り込んだアイリスは、自分の隣の席を指しこいこいと手招きする。
長い間会わなかった事で随分と寂しい想いをさせたのかもしれない。
なんだか最後に別れた時よりえらく懐かれている気がする。
と、後から乗り込んできためぐみんがアイリスにズイと顔を近付けた。
「おい、下っ端の分際で一番良い席を取ろうとは随分じゃないか! 見晴らしのいい御者台の後ろはこの私に譲るのです! さもなくばもう遊びの誘いに来ませんからね!」
「ズ、ズルいですよ! それとこれとは別問題ですし、今日の私は下っ端ではなく王女様です! 偉いんです! この御者台の後ろは譲りません、どうしてもというのなら勝負しますか!?」
久しぶりに会ったかと思えば突然取っ組み合いを始めた二人に、クレアやレインがまるでいつもの事であるかの様に頭を抱える。
「......なあダクネス、俺に内緒でお前らだけでアイリスと会ったりした? なんか知らない間にめぐみんとアイリスがすげー仲良くなってるんだけど」
「い、いや、そんな事はないと......。というか、私としてはめぐみんがアイリス様の事を下っ端と呼んでいる事の方が気になるのだが」
二人の様子をいぶかしむ俺達をよそに、どうやら席が決まった様だ。
「では、私とアイリスが御者台の後ろという事で」
「ええ、道中は負けませんよ。このゲームで勝った方の命令を聞くという事で!」
あれっ。
「なあ、俺の隣を巡っての勝負じゃなかったのか? なんでそんな事になってるの?」
ちなみに竜車は四人乗り。
中は二人がけの席が前後に二つ。
「私はダクネスの隣にするわね。だって旅の景色を一番前で見たいもの」
旅先の景色に釣られたアクアが御者台を希望し、残された俺は一人になった。
あれえ、やっぱり何かおかしくないか?
華やかな旅はどこ行ったんだよ。
と、俺が不満たらたらに竜車へ乗り込むと、クレアがアイリスの下に駆け寄った。
「アイリス様、忘れ物はございませんか? ハンカチは持ちましたか? もしもの時のためのお小遣いは? 緊急時には私が渡した数々のスクロールやマジックアイテムを遠慮なくお使いくださいね? 寂しくなられてもどうか泣かれませんよう......」
「クレア、私もいつまでも子供ではないのですから大丈夫です。というかいい加減放してくれないと旅に出られないのですが......」
アイリスを抱き締めて放さないクレアを、後ろに控えていたレインが引き剝がす。
「それではアイリス様、あまり無理はされませぬよう、どうかご無事で。よい旅を!」
「サトウカズマ、アイリス様を頼んだぞ! アイリス様に無礼を働く輩は斬り捨ててしまっても構わんからな! ......アイリス様ああああああ!」
二人の見送りを受けながら。
「じゃあ二人とも、行ってきますね!」
アイリスが手を振ると、ダクネスが鞭を振るいランナー達を走らせた──
3
今回の依頼は半分ぐらい旅行を兼ねた、のんびりとした竜車の旅。
そう思っていた時期がありました。
「わあああああああカズマさーん! カズマさーん!! 席替わってほしいんですけど! 怖いんですけど!」
「おい、速くないか! 速過ぎるって、何か事故があったら即死レベルじゃねーか!」
リザードランナーのあまりの速度に、驚いたアクアが悲鳴を上げる中俺は叫んだ。
地上から浮かび上がってほとんど抵抗のない竜車は、リザードランナーに引かれ恐ろしい速度で突っ走っている。
「大丈夫だカズマ、王族の竜車には強力な結界が張られている。万が一事故があっても、クシャッとなるのは御者台だけだ。ハハハハ、素晴らしい! 素晴らしいリザードランナーだぞこいつらは、いいぞ、もっとドンドン行け!」
「止めて! ねえ、私を竜車の中に帰らせて!」
変にテンションの高いダクネスの言葉にアクアが泣き叫ぶ中、アイリスとめぐみんが子供みたいにはしゃいでいた。
「カズマカズマ、今マンティコアらしき生き物が交尾してましたよ!」
「ど、どこですか!? 私もマンティコアが見たいです!」
目まぐるしく変わる外の景色にゲームどころではなくなったのか、こうした旅は初めてなのか。
目を輝かせた子供二人が、競う様に窓に張り付き外の景色を眺めていた。
「あなたが見たいのはマンティコアではなくて交尾でしょう。まったく、カズマにいたずらしようとした貴族令嬢といいむっつりスケベな王族といい、この国は大丈夫なのでしょうか」
「王族はむっつりスケベではありません! ......というか、お兄様にいたずらしようとした貴族令嬢とは誰の事ですか? ......まさか」
先ほどからテンション高い子供二人にジッと見られ、御者台のダクネスの耳が赤くなる。
「ねえ、こんな速度でモンスターにでも出くわして激突したらどうするの!? 私という尊い存在がクシャッてなったらこの世界は終わりだからね! ねえダクネス聞いてる!?」
「大丈夫だアクア、この竜車にはモンスター避けの魔道具も備え付けてあるから滅多な事ではモンスターが飛び出す事はない。そう、よほど運が悪くもなければ大丈夫......」
「ねえカズマ、ダクネスがフラグを立てたわ! お願いだから竜車に入れて!」
──王族の護衛の旅とはとても思えない騒がしさだが、これが毎日続くのだろうか。
というか今になって気付いたが、俺達に護衛が務まるのだろうか。
今更になって俺は一抹の不安に駆られていたが、そんな心配はアッサリと払拭された。
『エクステリオン!』
アイリスが叫ぶと同時、手にしていた剣から光り輝く斬撃が飛ぶ。
漫画やゲームに出てくる勇者の必殺技みたいなソレは、俺達の前に立ち塞がっていた巨大な牛型モンスターを真っ二つにした。
ダクネスの立てたフラグのせいなのか、モンスターの群れが街道を塞いでいた。
さすがにそのままモンスターに激突するわけにもいかず、竜車を停めた俺達は、駆除するために地に降りたまでは良かったのだが......。
俺は隣にいるダクネスに、こいこいと手招きすると。
「なあ、アイリスって何であんなに強いの? つーか、これ俺達要らないんじゃないの?」
「アイリス様は王族だぞ。王族や有力な貴族は、昔から強い勇者達の血を取り入れて潜在能力を飛躍させている。その上であらゆる分野において最高の教育がなされるのだ。加えて経験値が豊富な高級食材を惜しみもなく食してレベルを上げ、勇者から受け継いだ強力な武具で戦う。陛下や第一王子が今も最前線で戦っておられるのを知らんのか」
知らないよそんな事、つーかもう王族が魔王倒しに行けよ。
護衛が俺達だけだなんておかしいと思った。
と、その強さに若干引いている俺の下に、満面の笑みを浮かべたアイリスが剣を胸に抱いて駆け寄ってきた。
「どうでしたかお兄様! 私、頑張りました!」
褒めて欲しそうな顔でこちらを窺うアイリスの姿に、俺はいろんな物がどうでもよくなる。
「流石は俺の妹だ。魔王の幹部を葬ってきた俺ほどじゃあないが、これなら及第点をあげられる強さだ。この調子でドンドン行こう」
「お兄様のその自信がどこからくるのか分かりませんが、先鋒はお任せください! 先祖代々受け継がれているこの神器で、襲い来るモンスターを薙ぎ払ってご覧にいれます!」
今この子、神器って言ったか。
「なあ、その剣なんなの? えらい高そうだし、凄く光ってるんだけど」
「これですか? これは、なんとかカリバーという国宝です。所有者をあらゆる状態異常や呪いなどから守ってくれる神器らしいですよ? 鞘が綺麗なので、お父様にねだったら貰えました」
俺、その、なんとかカリバーって知ってる気がする。
俺が死んでいる間に確かめぐみんにそんな落書きされた覚えがある。
というかそれ、地球じゃ知らない人なんてほとんどいない有名な聖剣じゃないのか。
つーか、前線で戦う勇者じゃなくてお姫様が持ってていい物なのか?
ニコニコしているアイリスに、活躍の場を取られたはずのめぐみんが、なぜか上機嫌で言ってくる。
「さすがは下っ端とはいえ我が左腕なだけはありますね。モンスターを見付けたらその調子で斬り込むのです」
「はい、任せてください!」
違うだろ。
任せてくださいじゃなくて、俺達が護衛なんだからアイリスが斬り込んじゃダメだろ。
「なあめぐみん、左腕だの下っ端だのってのは何なんだ? お前、俺の知らないとこで何か変な事やってない? なんか嫌な予感がするんだが、アイリスとは手紙のやり取りぐらいしかしてないはずだよな?」
「変な事とは失礼な、私達は正義の行いしかしていませんよ。それに、今のところは右腕と左腕と共にアジトを手に入れ縄張りを広げた程度です。我々がもっと巨大組織にでもなったならカズマも仲間に入れてあげますよ」
つまり友達と一緒に秘密基地でも作って遊んでるのか。
コイツはいつまでもこういう子供っぽいところがあるな、二人きりの時はたまにドキドキさせる行動を取るクセに......。
4
隣国へ向けての旅の初日。
ハッキリ言って、アイリスがここまで強いとは思わなかった。
辺りが薄暗くなってきたので野営の準備をしようという事になり、竜車から降りた時の事。
「さすがはアイリス様です。これだけの強さを身に付けるとは、とても努力なされたのですね」
ここまでの道中のモンスターを出会い頭にすべて葬ってきたアイリスに向けて、妹の成長を喜ぶ姉の様にダクネスが優しく微笑んだ。
そう、護衛依頼を請けたはずなのに俺達の出番が全くない。
いや楽ちんだしいいんだけどね。
いいんだけどさ、兄としての威厳みたいなものとか、そういったものが崩れるというか......。
ダクネスに褒められたアイリスは、懐かしそうに目を細め。
「そういえば昔はララティーナにも鍛えてもらいましたね。その甲斐もあってこうして強くなれました。ララティーナには感謝しています」
「ふふっ、勿体ないお言葉です」
照れた様にはにかむアイリスに、ダクネスが臣下の礼を取りながら微笑んだ。
......。
「でもお前、ダスティネス家は王家を守る一族とか言ってなかったっけ。今日はお前が守られてばかりでちっとも役に立たなかったな」
「!?」
俺が何気なく放った一言に、ダクネスの表情が固まった。
「なな、何を言う。今日出会ったモンスター程度ならばアイリス様の実戦での練習台になると思ってだな......!」
動揺を隠せないダクネスを庇う様に、アイリスが慌てて言った。
「お兄様、ララティーナはいざという時の王家の守護者。我が国の鎧であり盾なんです。あの様な小事ではララティーナが動くまでもありません、私がピンチになった時にはきっと前に出て助けてくれるはずですから!」
「ア、アイリス様......!」
感極まったダクネスがアイリスに縋りつき、頭を撫でられ慰められている。
さっきまではアイリスの成長を喜ぶお姉さんみたいだったダクネスなのに、今ではどっちが姉でどっちが妹か分からないなこれ。
相変わらず扱いが面倒臭いダクネスを置いて、俺達は野営の準備を開始した。
よく考えれば普段から遠出しない俺達にとって本格的な野営は初めてだ。
護衛では良いところを見せられなかったものの、兄としての威厳を取り戻すため、ここは率先してテントを張ったり食事の準備をさせていただこう。
ちょっとしたキャンプみたいだと俺がワクワクしていると、機嫌を直したらしいダクネスが魔道具らしき何かを取り出した。
「それでは宿泊の準備をしますので、アイリス様、お下がりください」
そう言って四角形の物体を開けた場所に放り投げる。
と、その物体が一瞬光を放つと同時、開けた場所に小さめの貴族の屋敷が建っていた。
「......なにこれ」
「なにこれもなにもあるか。まさか一国の王女を野宿でもさせるつもりだったのか? これは国が保有する最高級の魔道具の一つで、モンスター避けの結界が張られた持ち運びに便利な......」
「もういいよそういうのは! つーかこれ、本当に俺達要らないんじゃねーのか!?」
魔道具の説明を始めたダクネスに俺が思わずツッコむも、テントで寝るよりよほど良いのには違いない。
ご丁寧に竜車用の小屋まで備え付けられた屋敷に入ると、俺達は荷物を置いて休息を取る事にした。
──せめてもの抵抗として、料理だけはスキル持ちの俺にやらせてもらう事になった。
他の連中は現在、自分の部屋を決めに魔法の屋敷の内部を探索している。
王女様であるアイリスの事だ、日頃贅沢な料理ばかり食べているだろうから美食の類には飽き飽きだろう。
となると、アイリスが普段食べた事のなさそうな物がいいな。
俺は料理の材料を探すと共に、台所の具合を確かめる。
上水道もなければ下水道もないこんな空き地に建った屋敷なのに、蛇口を捻るとちゃんと水が出る理不尽さに俺が軽い怒りを感じていると。
「お兄様、何かお手伝いする事はありますか?」
俺の後ろから、突然そんな声がかけられた。
振り向けば、そこには台所のドアの陰から顔だけ出したアイリスが。
「王女様に料理の手伝いなんてさせられるわけないだろ? ここは俺の腕の見せ所だ、大人しく待っててくれ」
「王女でもお手伝いぐらいは出来ますとも! というか、城にいると私がどれだけ頼んでも料理をさせてもらえないのです。そんな事は下々の者がやる事だと言われて......」
そう言ってシュンとするアイリスに、俺は少しだけ罪悪感が湧いてくる。
そりゃまあ温室育ちのお姫様に料理なんてやらせないよなあ。
......よし。
「それじゃあ少しだけ手伝ってもらおうか。だが料理ってのは簡単じゃないからな? ちゃんと俺の指示に従って、怪我しない様に気を付けるんだぞ?」
「はいっ、分かりましたお兄様!」
表情を輝かせるアイリスに内心ほっこりしながらも、俺は簡単な作業を任せるべく備え付けの魔道冷蔵庫から材料を取り出した。
アイリスが普段食べた事がなさそうで、それでいて俺にも作れそうな簡単な料理。
「それでは、今日はチャーハンと餃子を作ります」
「はいっ! ......ちゃーはんとぎょーざ? それはどんな料理なのですか?」
俺はまず、冷蔵庫に入っていたキャベツを取り出す。
「チャーハンはチャーハンだ。これを嫌いなやつはいないと言われるほどの人気料理だが、箱入りなアイリスやダクネスは知らないかもな」
「それほど人気の料理なのですか? 残念ですが知りません、ぜひご教授をお願いします!」
アイリスの尊敬の眼差しを浴びながら、俺は口元がニヤつかないように気を付けながら、手に取ったキャベツをまな板に。
「まずは餃子のタネ作りからだ! 餃子のタネの材料は、キャベツにニラにひき肉に......。おわーっ!」
「ああっ、キャベツが!」
まな板に置かれていたキャベツは今まで死んだふりをしていたのか、俺に包丁を向けられた途端に飛んでみせ、開け放っていた窓から飛び出した。
煙がこもるのを避けるため、窓を開けておいたのが仇になってしまった。
「......いいかアイリス、この様に料理とは一瞬の油断が命取りになる。くれぐれも注意する様にな」
「お兄様、食材の生死の確認は基本中の基本だとは、世間知らずの私でも習いました」
──その日の夜。
「カズマ、この料理は何だ? 初めて見る食べ物なのだが」
食卓に並んだ料理を見て、ダクネスが興味深そうに尋ねてきた。
あの後、二匹目のキャベツと激戦を繰り広げたり、チャーハンの具材のタマネギにアイリスが不意打ちを食らい涙目にされたりと色々あったが、無事にチャーハンと餃子、そして卵スープなどを作り終えた。
「ララティーナ、これは嫌いな人がいないと言われるほどの人気料理、チャーハンという食べ物だそうですよ。実は私もこの料理のお手伝いをしました!」
「アイリス様が!? それは、よく頑張られましたね。楽しみにしております」
手伝いをしたアイリスが胸を張る姿を見て、ダクネスが微笑ましそうに表情を崩す。
俺も早速料理を口に運び、その出来に満足していると、アイリスとダクネスが難しい顔で料理を前に考察していた。
「ララティーナ、これは確かに人気料理と言われるだけの事はあります。この、チャーハンという物は火で炒めただけの料理なのにとても味わい深いです」
「具材には高級な素材は使っていないのですね? なぜ貴族や王族の間で、これほどの料理が振る舞われなかったのか、不思議でならないのですが......」
王家や貴族の晩餐会で餃子やチャーハンが出てきたら、テーブル引っくり返されると思うんだが。
二人の世間知らずなお嬢様が大衆料理を楽しみ、俺に尊敬の眼差しを向けるのを見て、ふとアクアとめぐみんが目をキラキラさせているのに気が付いた。
なんというか、面白いおもちゃを見付けた様な。
「ねえカズマ、明日の料理当番はこの私に任せて頂戴。二人に美味しい料理を食べさせてあげるからね」
「それなら明後日の夜は私に任せてもらいましょう。紅魔の里でよく食べていた料理を振る舞ってあげますよ」
めぐみんはともかくとして、いつもは料理当番を嫌がるアクアが珍しい。
まあ旅はまだまだ続くのだ。
手伝ってくれるというのなら有り難い。
「おいカズマ、このポテチというデザートはなかなかだな」
「ええ、手が止まりませんね!」
俺は食後のジャンクフードに目を輝かせるお嬢様二人を微笑ましく思いながら、明日からの旅路に想いを馳せた。
5
「さあお兄様、今日も早速料理しましょう!」
次の日の夜。
道中に立ち塞がったモンスターをアイリスが真っ先に蹴散らし、それに対抗心を燃やしためぐみんが、爆裂魔法を放った以外には何事もなく旅は進んだのだが......。
「アイリスったら随分とやる気ね。なかなか見どころがあるわよ、今日はとっておきの料理を教えてあげるからね!」
「本当ですか! ありがとうございます、頑張ります!」
今夜の台所には、俺と一緒にアイリスだけではなくアクアまでもが立っている。
この時になって俺はようやくピンときた。
めぐみんはともかくアクアに関しては、この世間知らずなお姫様とダクネスに、旅の間に余計な事を教え込みたいらしい。
ちなみに魔力を使い果たしためぐみんはダクネスに相手をさせている。
冷蔵庫の中を覗いていたアクアがいくつかの材料を取り出すと。
「今日の夕飯はツナマヨご飯よ」
腰に手を当てたドヤ顔のアクアが言った。
こいつ正気か。
お姫様にチャーハン食わせた俺も大概だが、後で怒られたりしないだろうな。
「また聞いた事のない料理ですね。お兄様の周りの方は、皆物知りなのですね!」
「私ぐらいのアークプリーストになるとそりゃあね? これはね、急いでいる時に手早く作れる料理なの。一瞬の油断が命取りである冒険者にとって、とても重宝するのよ?」
「なるほど、冒険者御用達の料理なんですね!」
適当な事を教え込みながら、アクアはほぐしたツナとマヨネーズをご飯にかける。
「完成よ」
「シンプルですね!」
こいつ、何度も言うが正気か?
と、これだけではさすがにマズいと思ったのか、冷蔵庫から何かを取り出すと......。
「これだけじゃ飽きるだろうから、ふりかけご飯と卵かけご飯も用意してあげるからね」
「はいっ、今からとても楽しみです!」
物珍しそうにツナマヨご飯を眺めていたアイリスは、満面の笑みを浮かべて言った。
──皆の料理を運び終えて俺が食卓につくと、今日も二人のお嬢様が興味津々で料理を味わっていた。
「ララティーナ、この料理はあっという間に出来るのですよ。なんと作るのに一分もかからないのです」
「それは本当ですかアイリス様? おいカズマ、その様な便利な料理があるのならなぜもっと早く教えてくれなかったのだ。それほど速く作れるというだけでもこの料理は重宝するぞ」
お前ら以外は多分誰でも知ってるよ。
「お醬油や塩の他にも、ラー油をご飯にかけても美味しいからね」
そう言って自分のご飯にラー油を垂らし、それが洗練された料理であるかの様に上品に食べるアクアに向けて、
「......アクア、私はお前の事を正直言って何も知らない人間だと思っていた。人は見かけによらないものだな、浅はかな私を許してくれ」
同じく、貴族らしく上品にふりかけご飯を食べていたダクネスが頭を下げた。
「世の中には知らない事がまだまだたくさんある物なの。ダクネスやアイリスはお嬢様なんだから仕方がないわ。その内カップアイスの蓋に付いたクリームの上手な取り方とか、色んな役立つ知識を教えてあげるからね」
そんな知識を教え込んだだけで偉い人達に怒られそうだ。
思い切りツッコみたいところだが、アイリス達がアクアに尊敬の眼差しを向けているのでこの空気を壊したくない。
俺が微妙な顔でツナマヨご飯を食べる中、文句も言わずに黙々と、それがご馳走であるかの様に貪るめぐみん。
何だか明日の夜の献立が今から心配になってきたのだが、明後日にはエルロードの王都に入る。
大丈夫、めぐみんが料理をするのは明日だけだ。
こいつは基本的に料理の腕も悪くない。
そう、大丈夫なはずだ──
6
「アイリス、そっちに逃げましたよ! いいですか、指を挟まれない様に気を付けてくださいね!」
「分かりました、こっちはお任せください! あっ、岩の隙間にもう一匹ロブスターが!」
エルロードまで後一日。
街道をひた走っていた俺達は、途中に川を見付けためぐみんの指示により、小休止を取っていた。
「めぐみん、このロブスターは随分と小型の様だが本当にこれを食すのか? これはまだ子供ではないのか? あっ、いたたたた......」
川に太ももまで浸かったダクネスが、指先をそれに挟まれ声を上げる。
どことなく嬉しそうな声色なのはいつもの事だ。
「そいつはロブスターの子供ではありません。広い海ではなく狭い川に生息しているため、それ以上は大きくならないのです。おっと、逃がしませんよ! これで四匹目をゲットです!」
川の浅い部分で石を引っくり返していためぐみんが、その場でバッと摑みかかる。
そう。
「ねえカズマ。私、ちょっと言いたい事があるんだけど......」
「言うな。あいつらが捕まえているのはロブスターだ。王女様に食わせるのに相応しい高級食材、ロブスター。いいな?」
俺達は今、ザリガニを捕まえていた。
めぐみんが紅魔の里でよく食べていた料理という時点で警戒するべきだったのだ。
貧乏な暮らしをしていたあいつが高級料理など振る舞えるはずがない。
「あまり人も通らないせいか大漁です! これは晩ご飯が豪勢になりますよ!」
「私、食材から集める料理なんて初めてです! こんなに楽しい料理もあるんですね!」
「め、めぐみん、ちょっとこいつを取ってくれ! こいつ、いつの間にか私の足の指先を......!」
川遊びをする事自体が少ないのか、楽しそうにザリガニを捕まえている二人の箱入り娘達。
俺は、そんな平和な姿を見ながら、
「せっかく王家の人達が冷蔵庫の中に色んな食材を入れてくれたんだし。俺、そっちの食材をかたづけとくわ」
「一人だけ逃がさないわよ。でないと一人一人のノルマが増えるんだからね」
──やがて日が落ち、今日の寝場所を用意した頃。
「さあアイリス、いいですか? 私が料理も出来るところを見せてあげます!」
「はい、よろしくお願いいたします!」
やたらとテンション高いめぐみんが、大量のザリガニを前に張りきっていた。
アイリスに良いところでも見せたいのか、めぐみんがいつにも増して料理にやる気を見せている。
「通常なら一晩ほど水に浸けて泥を吐かせるのですが、このザリガニを捕まえた沢は非常に綺麗で泥もありませんでした。このままでもいけるでしょう」
「勉強になります!」
王女様にザリガニを食べるための知識を与えるめぐみん。
王都に帰ったアイリスが、ザリガニの捕まえ方や食べ方を教わったなどと言い出さない様口止めしとこう。
「さて、まずはザリ......ロブスターの臭みを取ります。これはお酒に浸けるだけなので、ええと......ああ、これでいいでしょう」
めぐみんは冷蔵庫に入っていた酒を一本取り出し、その中身をボウルにぶちまける。
誰かが楽しみにしてた高い酒だった気がするが、見なかった事にしておく。
「このまましばらく放っておけば、臭みが取れていい匂いがしてきます。さて、その間に下準備を......」
小さな妹を世話していただけあって、見事な手際で作業を進めていくめぐみん。
そんなめぐみんに、アイリスが尊敬の眼差しを送っていた。
「っと、私が全部やってしまいましたね。準備はこれぐらいでいいでしょう、では......」
アイリスのそんな視線が嬉しいのか、一人で作業を終えてしまっためぐみんは、早速料理に取りかかった。
ザリガニのスープを始めとして、網で焼いた塩焼き、そして、辛めのソースで作ったエビチリもどき。
意外な家事力の高さを発揮しためぐみんは、ひととおり料理を作り終えると満足そうに息を吐く。
「ここ最近はカズマが料理当番をしていましたからね。たまには私の手料理を食べてください。ほらアイリス、配膳ぐらいは手伝ってもらいますよ」
「あっ、分かりました! すいません、見とれてしまいまして......」
「そうですか、リーダーの凄いところに見とれていたのなら仕方ないですね! ささ、配膳も私がしますからアイリスは手を洗ってきてください」
非常にチョロいめぐみんに、俺は疑問を口にする。
「なあ、リーダーって何だ?」
「......何でもありません」
「──美味い。獲れたて特有のロブスターの旨味が出汁をたっぷりと染み出させ、このスープを味わい深い物にしている。それに、ほんの僅かに残る泥臭さも網焼きという料理法にはマッチし、それほど抵抗を感じない。極めつけはこの......!」
料理番組のナレーターみたいな事を言いながら、ダクネスが美味そうにザリガニ料理を口にしている。
美食家みたいな事言って褒めてますけど、それロブスターじゃなくてザリガニって名前のどこにでも棲んでるヤツですよと教えてやりたい。
見ればアイリスも、自分で捕まえた食材を料理して食べるという行為に新鮮味を覚えたのか、実に嬉しそうに味わっていた。
めぐみんは、今日は食材を多く取り過ぎたと言ってリザードランナー達にも料理のおすそ分けに行っている。
......つまり、これをどうにかするなら今がチャンスという事だ。
「ねえカズマ、私今日はなんだかカエルの日なの。冷蔵庫に入ってたカエルを炒めて食べるから、私の分も分けてあげる」
「亡くなった俺の祖父さんが、田んぼの様子を見に行った際にザリガニの大群に襲われてなあ。それ以来甲殻類が食べられなくなったんだよ。だからアクアにこそ分けてやるよ」
............。
「あんた神の眼をごまかせるとでも思ってんの? あんたがトラクターに耕されそうになって病院に運ばれた時、ピンピンしたお祖父ちゃんが病院に駆けつけてたのは知ってるのよ! 大体あんた霜降り赤ガニ食べてたでしょう!」
「お前こそカエルの日ってなんだよ、何度もカエルに食われたクセして平気でモリモリ食ってんじゃねえよ!」
料理を押し付けようと摑み合いの喧嘩を始めた俺達は背後に気配を感じ取る。
そこには、リザードランナーに食事を持って行ったはずのめぐみんが。
「おい、我が一族秘伝の料理に文句があるなら聞こうじゃないか」
「ちょっとふざけてみただけよ。もちろん頂かせてもらうわ」
「ああ、はしゃぎ過ぎていただけだ。美味そうなエビだ、食おうじゃないか」
覚悟を決めた俺とアクアはロブスターを食う事にした。
なに、これはザリガニではなくロブスター。
それにこっちの世界に来てからはカエルなんて食ってるんだ、今さらザリガニなんて何でもない。
それに元々ザリガニは、食用として輸入され......、
「あら、なかなかいけるじゃない。ねえカズマ、あんたの分も寄越しなさいな。今回の旅のお供にと思ってお高いお酒を持ってきたの。おつまみが欲しいからそれも食べてあげるから残しといてね」
............。
ザリガニを美味そうに食べ、冷蔵庫に酒を取りに行ったアクアを見て、俺は迷わず口に入れた。
「......ほう、美味いじゃないか。殻がいい具合に焦げてて美味い。スープもザリミソが溶けていて超美味い。さすがは秘伝の料理だな、ザリ......ロブスター料理を敬遠して悪かった」
「秘伝の料理というのは単に言ってみただけなのですが、喜んで頂けたなら何よりです」
......気を遣ってべた褒めしたのに損したと後悔していると、台所からアクアの泣き声が聞こえてきた。
7
その日の夜。
俺は慣れない枕のせいか、なかなか寝付けないでいた。
連日のリザードランナーによる爆走に緊張を強いられ毎日すぐに眠れていたのに、三日目ともなると体が慣れてしまったのか。
俺はベッドから起き出すと、水を求めて台所に向かった。
「──『フリーズ』」
暗視能力を使い灯りも付けずに台所にやってきた俺は、蛇口から注いだ水を冷やす。
それを呷って一息吐くと、背後に何者かの気配を感じ振り向いた。
俺と同じく灯りも付けずにやってこられるのは、取っておいた酒を料理に使われ、泣き喚いていたアクアぐらいかと思ったのだが......。
「そこにいるのはお兄様ですか?」
違った。
窓からの微かな星明かりだけが頼りの暗闇の中、台所の入口に立っていたのはアイリスだった。
「ああ、俺だよ、お兄様だ。なんか寝付けなくて水飲みに来た」
俺の声を聞いたアイリスは、ホッと小さく息を吐く。
「あの、お花を摘みに来たのですが、暗いので部屋まで送ってはもらえませんか?」
暗闇の中俺の顔がある辺りをジッと見て、アイリスがおずおずと手を差し出してくる。
灯りぐらい付ければいいのにと思うが、小さい頃からワガママの一つも言わず、周囲に気を遣ってきたこの子の事だ。
きっと、灯りを付けて誰かを起こしてしまうのを嫌がったのだろう。
「よし任せとけ。お兄様が部屋まで送り届けてやろう。一人寝が怖いなら、なんなら添い寝してあげても」
「それは大丈夫です」
............。
──細く小さなアイリスの手を取り、暗い廊下を先導する。
他の皆を起こさない様にとの気遣いからか、アイリスはそっと足音を忍ばせていた。
皆が寝静まった中、夜中に二人だけで気配を消して歩いていると、何だかいけない事をしている気分になる。
と、握っていた手にキュッと力が込められた。
アイリスの方を見ると、どうやら俺と同じ気持ちだったらしく、一緒につまみ食いをしに行った時の、いたずらの最中の様な表情で楽し気に笑っている。
「こうしていると、夜遅くにお兄様の部屋に遊びに行って、昔話をしてもらった時の事を思い出しますね」
「俺の部屋にクレアの断りもなくいきなり遊びにきたあの時か。おかげで次の日、クレアにめちゃくちゃ怒られたんだぞ、俺が連れ出したわけでもないのに」
俺が王都に滞在した際、たまにクレアの目を盗んでアイリスが遊びに来たのだ。
その度に城中が騒ぎになったものだが、ひょっとしたら俺が王都へ立ち入り禁止になった最大の理由はそこら辺にあるのかもしれない。
そんな事を考えていると、アイリスが笑みを浮かべながら、
「でもお兄様は、私が遊びに行く度に面倒そうなそぶりも見せず話を聞かせてくれましたね。......今でも覚えていますよ。お兄様の国に現れる、善良な独り身の方達に絶望をプレゼントしに来るという、サタンクロスと呼ばれる十字架を背負った悪魔と戦った話を」
俺の妹は賢いな。
冗談半分で適当に教え込んだ事を、今でもちゃんと覚えているだなんて。
「今でも覚えていますよ。お兄様が、一時期はネトゲハイ神と呼ばれる称号を得て日夜戦い続けていたお話を」
俺の妹は素直だな。
こんなニートの話を信じてこうして尊敬の眼を向けてくれるなんて。
......何だか凄く申しわけない気分になってきた。
俺が無言でいる事に、アイリスは何か勘違いをしたのか不安そうに尋ねてくる。
「ごめんなさい、今の話でお兄様の国の事を思い出させてしまいましたか?」
違います。
自分のやらかした事を深く反省していただけです。
そんな事を言えるはずもなく、俺はアイリスに笑いかけた。
「いいや、あの時は毎日楽しかったなと、懐かしく思ってただけだよ」
暗視能力を持たないアイリスに見えていない事を知りながら。
だが、暗い中でも俺が笑っている事を雰囲気で察したのか、アイリスは少しだけホッとした表情で。
「それなら良かったです。......あの」
いつの間にか部屋の前に着いていた俺達は、繫いでいた手を放す。
自分の部屋のドアを開けたアイリスは、一瞬だけこちらを向くと。
「どうか、私の国にいつまでもいてください。お兄様がずっと滞在したいと思える様、私、この国のために頑張りますから」
まるで、何かのきっかけで俺が遠くに行ってしまうのではと心配するかの様に、そう言ってどこか寂しげに微笑んだ。
8
翌朝。
今日中にはエルロードに着くとの事でアクアのテンションが高まる中、昨夜のアイリスの言葉が妙に気になり、御者台の隣に座った俺はダクネスにそっと尋ねる。
「なあダクネス、今回の旅って許嫁のクソガキと顔を合わせるだけなんだろ? チラッと見たらもう帰ってもいいんだろ?」
ダクネスは呆れた様に俺を見ると、アクアやめぐみんと共にはしゃぐアイリスにそっと目をやり。
「本当にただの顔合わせなわけがあるか。それならわざわざお忍びで来る必要もなければ、魔王軍との戦いが苛烈化している今の時期にやる意味もない。今回の訪問は、端的に言えば我が国への支援要請だ」
支援要請。
「強い冒険者や騎士団送れって事?」
「いいや、それは既に各国から派遣済みだ。我が国は魔王軍との国境が重なる唯一の国でな。我が国が敗れ、防衛ラインを抜かれれば、脆弱な他の国は蹂躙される。なので、周辺国は精鋭達を定期的に援軍として送ってくれている」
ほう。
「だが、今から向かうエルロードという国だけは、カジノで成り立った国なだけあり騎士団が脆弱でな。援軍を送ってもらう代わりに資金面で協力をしてもらっているのだ。主に、防衛費としてかなりの資金をこの国に出してもらっている」
「なるほど。でも、それが今回の事と関係あるのか?」
俺の言葉にダクネスは。
「最近の魔王軍との戦争が苛烈化している事は説明したな? これには実は理由があってな。というのも、カズマ。私達が魔王の幹部を倒しすぎた事が原因らしい」
......。
「え、幹部を倒された恨みって事?」
「いや、魔王軍の連中が焦っているのだ。何せ、今までずっと倒される事のなかった幹部達が次々と討ち取られている。そこで我々も、これに対抗しながら守りを固め、それだけではなく攻勢に出る事にした。だがここにきてエルロードが、財政難のため攻勢に出る資金どころか、防衛費の支援自体を止めたいと言い出した。そこで、前線で指揮を執る陛下や王子に代わり、王族であるアイリス様に使者として出向いて頂いたというわけだ」
「......なるほど」
ようやく昨日のアイリスの言葉の意味が理解出来た。
戦況が不利になったら俺が逃げると思ったのだろうがよく分かっている。
つまりは支援金を貰うため、許嫁を誑し込みに行くわけか。
俺の妹は世界一可愛いからその辺はまあ楽勝だろう。
「我が国とエルロードは昔から友好的な関係が続いている。武闘派ではあるが商売には疎い我が国と、資金繰りには強いが兵が弱いエルロードは持ちつ持たれつの間柄なのだ。いくらエルロードが財政難とはいえ、今回の訪問は国の大事が、ひいては世界の命運がかかっている。だからくれぐれも余計な事をするんじゃないぞ」
ダクネスはそう言って俺の目をジッと見てくる。
「......分かった。この世界のため、そして人類のためだもんな。俺だって魔王軍と戦う冒険者だ、そんな時にワガママなんて言わないさ。駄々を捏ねたって仕方がない時がある事は理解してる。だからそんなに心配するな」
俺はダクネスにそう言うと、安心させるかの様に笑いかけた。
するとダクネスは途端に胡散臭い者を見る様な目を向けてくる。
「おいこら、お前なんだよその目は、疑ってんのか?」
「お前の口から世界のためだの人類のためだのという言葉が出てきた事がどうにも信じられなくてな。......まあいい、エルロードの城下町に着いたらまずはゆっくり休むとしよう。着いたばかりで会見を行うわけにもいかないしな。まずは一日疲れを癒し、それからだ」
ダクネスはそう言うと、俺を安心させるかの様に笑いかけ......。
............ああ、そうか。
そういえば出立前にレインと何か話していたな、俺に睡眠薬を盛るだとかそんな事を。
「あっ、カズマカズマ、見てください! 見えてきましたよエルロードが!」
「あはははははは! アレね! 私がずっと前から行ってみたいと願っていたカジノ大国エルロードは!」
俺達の後ろの座席が沸き上がる。
俺とダクネスは、皆の声を聞きながら、互いに胡散臭い笑みを浮かべていた。
1
その国は他国からこう呼ばれていた。
カジノ大国エルロード。
隣国エルロードの王都に到着した俺達は、その賑わいと人の多さに圧倒されていた。
「ねえカズマ、アクセルの街のお祭りレベルに人がいるんですけど! 一体どこからこれだけの人が集まってきたのかしら!」
大通りという事で人が歩く程度の速さで竜車を進める中、人の多さに興奮したアクアが御者台に移動して、大声で騒ぎながらキョロキョロし、通る人達にクスクスと笑われている。
「おいアクア、あくまでお忍びの旅なんだから注目を集めるなよ? 俺達が何しに来たか忘れるんじゃないぞ」
一応釘を刺しておくものの、既にアクアの興味は通りにある露店に向けられている。
だが気持ちは分からんでもない。
日本でいえば渋谷のスクランブル交差点と見紛うレベルの混雑だ。
この世界の人口は地球よりかなり少ない。
にもかかわらずこれだけの人がいるという事は......、
「これは王都を賑わっている様に見せつけるための広報戦略だな。ほら、あそこの角を曲がっていった人がいるだろ? あいつ、きっとぐるっと回ってまたここに来るぞ。つまりはサクラだ。こいつらきっと意味もなく歩いてるだけの雇われ人だ」
「カズマさんってばさすがの洞察力ね。私も何かおかしいとは思っていたのよ、だってこれじゃあ私達が拠点としているアクセルが田舎になっちゃうもの」
俺とアクアがコソコソと喋っていると、ダクネスが少しだけ頰を赤くする。
「二人ともバカな事を言っていないで大人しくしていてくれ。田舎者だと思われては堪らんからな」
ダクネスに田舎者扱いされるがそれもしょうがない。
通りに面した露店では見た事もない食材が並び、商売人達が声を張り上げていた。
宿は事前に手配していたのか、大通りに面した一際大きな建物の前で竜車が止まる。
「さあ、ここが手配しておいた宿だ。皆、まずは部屋に行き荷物を置いてくるといいだろう。アイリス様と王子との顔合わせは明日になる。今日はゆっくりと観光でもして旅の疲れを癒すとしよう」
宿の従業員に竜車を預けたダクネスが説明する。
俺達が浮かれ舞い上がる中、だがアイリスは一つ首を振り、
「私は、明日の会談に向けて準備があります。......というのも、初めて会う王子に多少なりとも緊張しています。気が張っているのかもしれません、私は宿で休んでいるので、皆さんはどうか観光をしてきてください」
そう言って、自分の荷物を手に取った。
「アイリス様、ここに来る事を楽しみにしておられたのでは? 私達は護衛です、アイリス様が残るというのであれば......」
「ダ、ダメです! 皆はちゃんと体を休めてください。せっかくのカジノの国なのですから、宿に留まられては私が安心して休めません!」
周りへの気配りをするタイプの子だ、俺達が残れば本当に気を遣って休めないだろう。
「ほらダクネス、アイリスがこう言ってるんだし俺達も羽を伸ばそう」
「う......。わ、分かった......」
未だ納得がいっていなさそうなダクネスは、ニコニコとしながらも何か強い決意を秘めた目をしたアイリスに、半ば気圧されるように頷いた。
──用意された部屋に荷物を置いた俺達は。
「カジノよ、まずはカジノへ行くの! そこで大勝した後は、手に入れたお金で美食巡りよ! ここならとびきり高いお酒だって売ってるわ!」
「いいえ、この街の武器防具屋に行きましょう! きっと私に相応しい超強力な杖などがあるに違いありませんとも!」
早速街へと繰り出していた。
「むう、アイリス様を置いてきてしまっても良かったのだろうか......」
ただ一人ダクネスだけが、後ろ髪を引かれている様だが。
アイリスはどうにも今回の顔合わせとやらに気負い気味だ。
明日に備えて遊んでいるどころじゃないと、一人でシミュレーションでもしているのかもしれない。
変に気を遣うと却って逆効果になりそうだし、後で土産でも買っていってやろう。
しかし、それにしても......。
「相変わらずまとまりがないなお前らは。せっかくこういう所に来たんだから、まずは観光名所だろう。紅魔の里にだって色々あったぐらいだし、この街にだって......」
当然、何か珍しい物があるだろう。
──そう言おうとした、その時だった。
「おお? 随分と綺麗な冒険者だ。ねえ、そこの金髪美人のお姉さん、そんな冴えない男放っておいて、俺達とこの街でも巡らない?」
「本当だ、すげえ美人だ! 俺、あの青髪の姉ちゃんが好みだ!」
「俺は黒髪の赤眼の美少女だな......」
それは一言で言えばチャラそうな、軽い雰囲気の三人の若い男達。
見た感じ俺より一つ二つくらい上の年だろうか。
都会特有の派手な服装をしたその三人はニヤニヤ笑い、俺達を見ていた。
体格はひょろそうで、何だか都会に遊びに来た金持ちのボンボンといった印象を受ける。
その三人の男達に声をかけられた俺の仲間達は......。
「「「?」」」
三人ともキョロキョロと周囲を見回し、その男達が言った特徴に該当しそうな子を探していた。
......やがて、それが自分達しかいない事に気が付いた様だ。
「「「!?」」」
俺の三人の連れは途端に挙動不審になりオロオロしだす。
ダクネスは慌てて後ろを向いて髪を手櫛ですき、めぐみんは旅の間に付いたローブの埃を手で叩いて払っている。
アクアが言った。
「ねえあんた達、今、私達の事を美人って言った? 綺麗って言った? ちょっと、もう一度言ってみなさいよ!」
............。
アクセルの街にはこいつらを口説こうなんて奇特な奴いないもんな。
たまには外見ぐらいは褒めてやろうかな......。
一端の美女扱いされて戸惑っている三人を見て俺がホロリとしていると、
「えっ。......いや、綺麗なお姉さんだな、と......。一緒に街を巡りませんか、と......」
アクアの反応に戸惑ったのか、三人の男の一人が言ってくる。
それを聞き、アクア達は頭を突き合わせて円陣を組みだした。
そして、何かをぼしょぼしょと話し込んでいる。
やがて三人を代表するかの様に、めぐみんがズイと前に出た。
「つまりあなた方三人は、超絶美少女な私やこの二人の美女とデートするためならば、財も命も惜しまない覚悟があると。だから、一緒にデートしてくれないかと。そう言いたいんですね?」
「「「そこまでは言ってないです」」」
即座に否定する三人の男達。
............!
俺は気が付いた。
気が付いてしまった。
ここは商業大国の王都にしてカジノの国。
当然あちこちを見回りたいし羽だって伸ばしたい。
そんな中、この三人の問題児と一緒に行動していたら?
考えろ、考えるんだ佐藤和真、この連中がなにかやらかさないわけがない。
そしてそのとばっちりは必ず俺に降りかかる。
だが、問題が起きた際にそこに俺はおらず、代わりにこの三人の男達がいたら?
............。
「なあ......。ひょっとして変なの捕まえちまったか?」
「おい......、これってヤバくないか? せっかく観光に来たからって、ちょっと羽目外し過ぎたかな?」
「い、いやでも、ちょっとぐらい中身が変でも、あれだけの美人だぜ?」
三人の男がそんな事をボソボソと相談している中、完全に空気になっている俺にアクア達が近付いて来た。
三人が誇らしげなドヤ顔なのがちょっとイラッとする。
「ねえカズマ、どうしようかしら? 困ったわー、美人ですって。私達とデートしたいんですって。あの三人に冴えない男呼ばわりされてたカズマは、普段一緒にいるせいで慣れちゃったのかもしれないけれど。まあ、私達みたいな美女達とパーティー組めてるありがたみってやつをちゃんと理解した方が良いと思うわよ? でないと、大事な私達がホイホイとあの男達に付いて行っちゃうかも知れないからね?」
「どうぞどうぞ」
「「「「「「えっ」」」」」」
俺のどうぞの一言に、アクア達だけでなく男達までもが時が止まる。
「......あのう、ねえカズマ? 今、なんて......」
不安そうなアクアの声。
こいつらとて高レベルな冒険者。
さすがにこんな一般人の兄ちゃん達に後れを取るとも思えないし、それに、こいつらが誰とデートしようが俺がどうこう言う立場じゃない。
というか既に、今日一日こいつらにこの三人を押し付ける気満々な俺は、ソワソワしながら。
「どうぞどうぞと言ったんだよ。というか、俺もお前らのお母さんじゃないんだから、お守りばかりじゃなくて思い切り羽伸ばしたい。たまにはこんな事考えたって罰は当たらないと思うんだ」
「「「あれっ」」」
俺の言葉があまりにも意外だったのか、変な声を出すアクア達。
「......おい、今あの男、お守りって言ったぞ」
それを聞いていた男の一人がぼそりと呟く。
と、何だか慌てた様子のめぐみんが。
「ちょっとカズマ、いきなり何を言っているのですか! いいんですか? 私が......、いえ、私達がこの人達と遊びに行っても? ほら、こう嫉妬とかモヤモヤしたりだとか......」
「ぜんぜん」
「この男、言い切りました!」
何やらショックを受けているめぐみんだが、こないだちょっと良い感じになったとはいえ、まだお付き合いだってしていない。
となれば、アイリスアイリス言っている俺が口を出すいわれはない。
と、固まったままのめぐみんの肩にダクネスがポンと手を載せ。
「まあ待てめぐみん。この男が素直じゃない事は知っているだろう? ふふ、そう、こいつは典型的なツンデレというやつだ」
そして、こちらに向けて何か駆け引きでもするかの様に微笑を浮かべ。
「なあカズマ、こんな時ぐらいは素直になったらどうだ? こうしてナンパされる様な美女と共に街を連れ立って歩けるのだぞ? なんなら、私と腕でも組むか? 何かの拍子に、む、胸が当たってしまうかも......」
「遠慮しとくよ。だってお前、筋肉質で胸だって硬そうだし」
「ええっ!?」
酷くショックを受けた様子のダクネスを尻目に、男達がヒソヒソと話しだす。
「おい、どう思う? なんつーかあの男最低だわ。それにもまして嫌な予感がするわ」
「やめよう。せっかくの観光なのに、変な事になるんじゃ......」
「そ、そうだな、触らぬ神に......って言うし、諦めるか......。美人なのに、勿体ないな......。あ、あの! 俺達は、用事を思い出したんで......」
そう言って、逃げようとする三人を俺はガッと捕まえた。
「俺の仲間とデートしたいんだって?」
その言葉に顔をひく付かせ、男の一人は俺が摑んでいる手を振りほどこうと......。
......して、出来なかった。
「あれっ? あっ......、い、いててて......! ちょ、スイマセン、噓です、あんたの連れに粉かけて悪かったよ! さ、冴えない男だなんて言って悪かった! 俺達はもう行くから!」
俺だってそこそこのレベルはある冒険者。
ステータスも上がっているのだ、一般人に力負けする事はない。
「いやいや、いいんだよ、いいんだって。俺の連れの三人は綺麗だもんな。うんうん、分かるよ、分かる」
「は、はあ......」
俺を胡散臭い怪しい男でも見るような目で見つめ、不安そうな顔を隠そうともしない男達。
それに俺は声を潜ませ、
「あの金髪の鎧の姉ちゃんいるだろ。あの姉ちゃんは、鎧を脱いだらそれはもう凄いぞ。特に、腰回りなんてそれはもう!」
俺の言葉に男達はゴクリと唾を飲み込んだ。
そんな三人に向け、俺は更に言葉を続ける。
「あそこの青髪の姉ちゃんな、酒が好きでさ。酒でも奢るって言えば大喜びだ」
それに、三人が顔を見合わせ。
「あの黒髪の子は......。あれだな、猫とか飼ってるし可愛い物が好きかな。可愛い生き物がいる所へ連れてってやると喜ぶかもな」
その言葉に三人は頷き合う。
「「「じゃ、じゃあお言葉に甘えて......」」」
にやけながら態度を軟化させた三人から離れ、俺はアクア達にじゃあ、と手を上げる。
「それじゃお前等、また後でな。今日は思いっきり羽伸ばして良いからな。その分、明日からは俺に迷惑かけない様にしてくれよ。今日は好きにしていいから」
「「「えっ」」」
俺の言葉を聞いた三人の男の不安そうな声。
アクアがその三人を見ながら言った。
「いいの? 私、あんまりお小遣い持ってないからたかるわよ? このアクアさんは安いお酒は受け付けないからね?」
その言葉に、三人の一人が自分の胸をドンと叩いた。
「ま、任せとけ! 俺達三人、金はあるんだ。親が上流階級だしな。何があっても、この街での全ての費用は俺が持ってやるよ!」
言っちゃった。
その言葉をしっかり聞いた俺は、
「それじゃあお前等、楽しんで来いよ。俺も羽伸ばして来るから。あんたら三人しっかり頼むぞ。俺の連れを置いて、色んな責任から逃げたりするなよ?」
そう告げると、背を向けて......。
「お、お前という男はどこまで予想外なのだ......。強がりではなく本気で言っていそうな辺りが、なんというか堪らんな、ゾクゾクする......。駆け引きだろう? ただの駆け引きだな? ......おいお前達、一応言っておくが私達に変な事は考えない方がいいぞ。さもなくば、駆け出しの街アクセルで鬼畜と有名なあの男に後で何をされるか分からんからな」
「「「えっ」」」
俺の背後でダクネスが失礼な事を言っている。
「ですね。こうしてアッサリとか弱い美少女達を残して置いて行くあの態度。どんな人間かぐらいは想像がつくでしょう? 丁重なもてなしをしてくれないと、後であの男が牙を剝きますよ。ああ見えて警備の厳しい貴族の屋敷にもアッサリ侵入する能力を持ち、遠くから標的を狙撃出来る力もあります。敵に回すと四六時中狙われますよ」
「「「!」」」
おい、止めろ。
「ねえ、二人共あんまり酷い事は言わないであげて! カズマはそれほど鬼畜じゃないわよ。確かに、偉い人のお屋敷を吹き飛ばして国家反逆罪だとかの嫌疑をかけられたり、王都への立ち入りを禁止されるぐらい問題起こす人だけど......」
おいアクア、もっと頑張れ。
フォローになっていないから、もっと頑張れ!
「「「............」」」
静まり返る三人を、俺がおそるおそる振り向くと......。
「......あの、やっぱり俺達遠慮しておきます、関わりたくな......、ああああっ!? 逃げたっ!?」
一人の男が何かを言いかけ。
「「「行った! あの男、本当に置いて行った!」」」
更に、何かを叫ぶアクア達を置いて俺はエルロードの街へと繰り出した!
2
ここは俺がこの世界に来て初めての外国であり、今までの街が辺境の田舎に思えてくるほどの大都会である。
俺は、そんなエルロードの王都にて。
「トドメだ、オラァ!」
「噓だろおおおおおおお!」
「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」
カードゲームの大会に飛び入りで参加し、快進撃を見せていた。
「あいつ、一体何者なんだよ?」
「見た事もないんだが、あれほどの腕を持ってる男が無名なわけがない!」
連勝中の俺を遠巻きにしながら、観客達がどよめきの声を上げる。
「あの男の畳みかける様に苛烈な攻勢......。噂に聞く『黒のカタリナ』に特徴が似てはいないか?」
「何だと、あの伝説の!? いや、だが『黒のカタリナ』は確か女だと聞いたが......」
誰だよ黒のカタリナって。
「まて、あの男のトラップカードの使い方を見ろ。あれは『謀略のクロード』の可能性が......」
「確かに。あんな嫌らしいトラップカードの使い手は『謀略のクロード』以外に考えられないな......」
だから誰だよ謀略のクロードって。
ここは有名な冒険者に二つ名が付く事がある異世界だ。
有名なゲーマーにも名前が付けられるのかもしれない。
俺も元いた世界ではネットゲーム仲間に様々な名で呼ばれたもんだ。
そう、レア運だけのカズマさんだのハイエナマスターカズマさんだの不名誉な物ばかりが......。
......と、俺が物思いにふけっていると目の前に一人の女が立っていた。
「あなたが私の対戦相手? ふふっ、見ない顔ね。カードの引きだけはいいみたいだけど、このゲームは運だけじゃ勝てないわ。そう、駆け引きが物をいうの。運だけじゃ中級者には勝てても、私みたいな二つ名持ちには何も出来ずに終わる事になる」
二つ名持ちとか恥ずかしすぎるだろとか、そんな無粋なツッコミはしない。
なぜなら今の俺は、一ゲーマーとして久しぶりに昂っているからだ。
「あなたの連勝はここで止めさせてもらうわ。この私、『鉄壁のマリネス』がね」
鉄壁のマリネス。
明らかに俺より年上のそのお姉さんは、恥ずかしげもなくそう名乗ると、不敵に笑いながらカードを引いた──!
──見る物すべてが珍しく、あちこちをウロウロしていた俺は、時折歓声が上がるこの建物を見つけ、興味本位で入ってみた。
そこでしばらく観客として見物していたのだが、その場所で遊ばれていたカードゲームがよく知っている有名なゲームと似通っている事が分かった俺は、飛び入りでの参加を決めた。
おそらくは、この世界に送られてきた日本人があのゲームを広めたのだろう。
ゲーマーの嗜みとしてこのゲームの経験があった俺は、基本的なカードが揃っているスタンダードパックに加え、金に物を言わせ強力なレアカードが封入されたプレミアパックも購入。
日本では禁じ手とされている、有名な極悪デッキを作った俺は。
「──俺のターン! 俺のターン! ずっとずっと俺のターン!!」
「鬼だ! なんだあいつは、酷すぎるコンボを決めまくってるぞ!」
「オーバーキルにもほどがある! どうしてここまでするんだよ、もう勝負は付いてるだろ!」
「おい、鉄壁のマリネスが泣き出したぞ、もう誰か止めてやれよ!」
そんな観衆の声を背に、久しぶりのゲームを満喫していた。
「もう終わりにしてください。私なんかが生意気言ってごめんなさい」
何も出来ないままに終わった対戦相手のお姉さんが、半泣きで謝ってくる。
「いい勝負だった。またやろう」
「絶対嫌です。もう勘弁してください」
対戦後の握手をしようと相手に手を差し出すも、俺の手の上にはそっと賭け金が載せられた。
そう、ここはカジノ大国エルロード。
ゲーム一つを取っても賭け事が付いて回るのだ。
お姉さんを下して更にテンションが上がった俺は、会場に向けて声を張り上げた。
「対戦者求む!」
──それから数時間が経過した頃。
あの後も連勝を続けほくほくしながら会場を後にした俺は、次なる場所へと向かっていた。
特に目的地があるわけではないが、知らない街を探索するというのはワクワクする。
膨らんだ財布の重みで上機嫌の俺は小腹が空いた事に気付き、適当な店に入ろうと辺りを見回すと──
「きゃーっ! 誰か来てええええっ! 砂風呂の中でミイラみたいになってる人が! 回復魔法を使える方はいませんか!?」
パスタ料理の店を見付けた俺は、そこで昼食を済ませる事にした。
「いらっしゃいませ、お一人様ですか? なら、カウンターへどうぞー」
ウェイトレスの案内を受けてカウンター席に座った俺は適当に注文をする。
頼んだ料理が来るのを待ちながら店内をキョロキョロしていると、近くのテーブル席にいる男達の声が耳に入ってきた──
「いやあ、今日も儲かった儲かった! エルロードに乾杯だ!」
「まったくだ、これだけ景気が良いと何をやっても上手くいく。国王陛下が長期間他国に出向く事になると聞いた時は心配したもんだが、なかなかどうしてあの王子もやるじゃないか」
「まったくだ、ずっとバカ王子とか言われてたのになあ」
......ん?
この国は財政難と聞いたはずだが、景気が良いってのはどういう事だろう。
それにバカ王子ってのも気になるんだが。
「でもよ、これだけ景気が良いのも全部宰相様が取り仕切ってるかららしいぜ。例のバカ王子にも政治に関する決定権はあるそうなんだが、ほとんど何もせずに遊んでると聞いた」
「それじゃあエルロードに乾杯じゃなく、宰相殿に乾杯だ!」
「「「おお、宰相殿に! かんぱーい!」」」
......ますますもってわけが分からん。
話を聞くにこの国の政治を主導しているのは宰相?
という事は、その宰相殿とやらが支援を止めたって事なのか?
しかし、この国は今王様がいないのか。
アイリスと同じくらいの年の王子だと聞いてるが、この世界の王族はそのぐらいで政治に関わるのが当たり前なのだろうか。
俺がアイリスぐらいの年の頃は、徹夜でゲームをして親に叱られてたもんだが──
店を後にした俺は、宿に残っているアイリスの事を思い出し、土産を買う事にした。
アイリスの喜びそうな物といっても一体何がいいのか思い付かない。
何でも喜んでくれそうな気もするが、かといって一国の王女様にあまり安物を贈るわけにも......。
「おい、マシェランに凄腕の芸人が来てるらしいぞ!」
「マシェラン? マシェランって超高級店のマシェランだろ? 芸人が入れる様な店じゃないだろ?」
「いいからとにかく見に行こうぜ! 何でも、店内の高級な調度品を惜しげもなく使う手品らしいぞ!」
とある小さなお店から、そんな事を言い合いながらバタバタと出ていく男達を見て、ふとその店の看板に目が留まる。
そこはアクセサリーを扱っているらしく、俺は土産になりそうな物がないかと店に入った。
「らっしゃい」
店内には不愛想な店主が一人。
新聞を読みながらこちらに目もくれる事なくカウンターに座っている。
中を見回してみると、手作りと思われる女の子向けのネックレスから、男物と思われるゴツいブレスレットまで、様々な小物が置いてある。
ふとカウンターの方を見ると、そこにはガラスケースに入った一際高級そうなアクセサリーが並んでいた。
ここから何か適当な物を選んでいくか。
と、アイリスに似合いそうな物がないかと物色し......。
「うおっ!? な、なんだ、地震か!?」
カタカタと店内が揺れると共に、店主の声に混じって遠くから聞こえた爆音を聞き流しながら、俺はふと思い付く。
以前王城に侵入した際、俺はアイリスの指輪を盗んでしまった。
その指輪は未だ大事に取ってあるが、今更返すに返せず困っている。
そうだ、指輪だ!
自分で盗んでおいて何だが、このままというのも気持ちが悪い。
違う物だとしても仮にという事で一旦指輪を返しておきたい。
そうだ、アイリスへのお土産は指輪にしよう!
どうせなら一番高い指輪をと思い、ガラスケースの中を物色するも、そこに指輪は置いてなかった。
「おっちゃん、指輪って扱ってない? 出来れば高いのがいいんだけど」
「指輪? ウチは高級品は扱ってないぞ。扱ってるのはそこに置いてある子供向けのヤツだけだ」
地揺れに驚き立ち上がっていた店主が、店の隅っこを指でさす。
そこには、一つ数百エリスの安物の指輪しか置いてなかった。
王女様にこんなもん贈っていいのだろうか。
とはいえ、来たばかりのこの街で高級アクセサリー店なんぞ知らないし、どうしたものか。
っと、そうだ。
一応これを買っておき、他にあげる物が見つからなかったらこいつにしよう。
「おっちゃん、この指輪を一つ!」
俺は買った指輪を懐に入れると、その店を後にした──
3
「あ、帰ってきましたか。観光はどうでしたか?」
時刻は夕方。
場所は昼間皆と別れた辺りだ。
俺がそこに帰ってくると、既に俺の仲間達は揃っていた。
地面に体育座りをしたアクアが開き直った様にプイとそっぽを向いており、ダクネスは満足そうな顔でホコホコと湯気を上げている。
そしてめぐみんはといえば、そんなダクネスに背負われたまま、どこかスッキリとした顔をしていた。
そんな三人をエスコートしていたはずの男達は......。
まず、一人足りない。
そしてそこにいるのも、一人はすすけた表情でジッと動かず、もう一人は、何かトラウマでも植え付けられたかの様に、膝を抱えて震えながら何事かを呟いていた。
あまり何があったのかは聞きたくないなぁ......。
俺のその気持ちを、顔を見ただけで察しためぐみん。
「カズマ、嫌でしょうけど一応聞いて貰えます?」
「......聞こうじゃないか」
しょうがない......。
俺は何となく、一人上機嫌なダクネスに視線をやった。
「......ええと、まず最初に、ここにいない方がですね。私達がここに着いたばかりだという事を聞きまして、旅の疲れを癒すため、高級保養施設があるからまずはそこで、みんなでゆっくりしようと言い出しまして」
ほう。
「それで保養施設とやらに案内されたのだが、なんとそこには私が大好きな砂風呂があってな。砂風呂というのは、YUKATAという服を着て地に寝そべり、熱した砂で埋めてもらうという素敵な物なのだが......。その男が何を思ったのか私の後にホイホイと付いて来たのだ。そして、『よーし、俺ダクネスちゃんより長く残って根性あるカッコイイとこ見せちゃうぞー』とか言い出したので、私もついつい本気になり......」
「気が付けば、その人は瀕死になっていたそうでして。それに気付いた従業員の人に、病院に連れて行かれました」
......なるほど、それで一人足りないのか。
続いて、俺は膝を抱えた男に視線を送る。
するとめぐみんが気まずそうにフイッと視線を横に向け。
「......その、ですね。その方が、みんなをとっておきの場所に案内するよとか言い出しまして。連れて行かれたところが街から離れた場所にある川だったんですよ。......で、その男の人が、どうだい見てごらん、この街で有名な観光名所、カモネギの養殖所だよ。可愛いだろうとか言って、なんとカモネギの群れを自慢気に見せびらかしてきまして。知っての通り、カモネギは高い経験値を得られるモンスターです。そんなのがいたら爆裂魔法で一掃するしかないじゃないですか。......そうしたら、その人がショックを受けたらしくずっとこのままで......」
カモネギの群れを見せてあげたら目の前で爆殺されたのか。
俺は尚もカタカタ震えている男から視線を外し、自分は何も悪くないと言わんばかりのアクアを見る。
......なんか、一番ロクでもなさそうな。
「その、アクアに関しては、ですね......」
言い難そうにしているめぐみんに、それまで精根尽き果てた様な顔で動かなかった男が突然バッと立ち上がった。
「この姉ちゃんは、この街一番の高級店でたらふく酒を飲んで酔っぱらったと思ったら、『私の超凄い芸を見せてあげるわ!』とか言い出して、店の高級な調度品を勝手に使って芸を始めたんだ。いや、そりゃ確かに凄かったさ。凄かったんだよ。でもさ、本当に種も仕かけもない芸だったなんて誰も思わないじゃないか! なあ、ハンカチに包まれて消えたグランドピアノだのはどこ行ったんだ!? 大きさ的にもハンカチに収まるはずがないんだよ!」
また妙な事をやらかしたのか。
でもそれはそれで興味を惹かれるし、今度ぜひ俺も見せてもらおう。
「それで、その高級店から芸に使った調度品やピアノの請求がきてさ......。あと、カモネギ養殖所からも......。全額とは言わないから、弁償金の半額だけでもってこの人達にずっとお願いしてるんだけど......、ああっ! おい待ってくれ、このままじゃ親に叱られるんだって! せめて三分の一だけでも......!」
耳を塞いだ俺達は、走ってその場を後にした。
4
「エルロードはどうでしたか? みなさん、羽を伸ばせましたか?」
俺達が宿に戻るとアイリスが出迎えてくれた。
「俺はこの街で伝説を作ってきたよ。ついでに言えば、こいつらもある意味で伝説を作ってきた」
アイリスは俺の言う事が理解出来なかったのか首を傾げているが、ダクネス達の表情を見て聞かない方がいいと判断した様だ。
と、その時だった。
「それではアイリス様、今日はお疲れになったでしょうから、明日に備えて早めに寝るとしましょうか。今日は部屋でゆっくり出来る様、食事も部屋に運ぶ旨を言い含めてあります。どうかゆるりとお休みください」
いつになく畏まったダクネスが、アイリスに向けて声をかける。
「まだ眠るのには早くありませんか? いえ、確かに私も明日のためにしっかりと備えたいとは思うのですが」
そう言って首を傾げるアイリスに、ダクネスは若干芝居がかった、申しわけなさそうな表情を浮かべ。
「アイリス様、明日は大切な顔合わせです。今日だけは夜更かしなどせずたっぷりと睡眠を取り、よりお美しい姿をお見せになるべきかと思います」
「......そうですか。分かりました、では、今夜は早めに休みましょうか」
チラチラとこちらを窺いながらもアイリスが部屋に戻る中、ダクネスがパンと手を打った。
「よし。では私達もとっとと寝るとしようか、明日は大切な会談があるからな。まだ早いとは思うが、休める時に休んでおくのも護衛の仕事の内だ!」
そう言って解散を促すダクネスに若干不審の念を覚えながらも、旅で多少なりとも疲れていた俺達は、特に疑問に思う事もなく部屋に戻ろうと──
──これ、アレだろ。
ダクネスがレインと相談していた、俺に一服盛って眠らせておくとか言ってたやつだろ。
なんだかんだとダクネスとは長い付き合いの俺が、あんな動きを見せられて気付かないはずがない。
早々と部屋に戻った俺は、未だベッドで寝る事なく警戒を続けていた。
一体どんな手を使って俺に一服盛る気なのか。
手っ取り早いのは突然ドアを蹴破って襲いかかり、力ずくで飲ませる事だ。
だが、それだと俺に抵抗される恐れがある。
となると晩飯に盛る事も考えられたが、今日は皆が外で食べてきている。
作戦を決行するなら今夜中だと思うのだが、一体どんな手で......。
と、俺がダクネスの考えを読み解こうと悩んでいたその時。
「カズマ、まだ起きているか?」
そんなダクネスの声と共に、コンコンと響くノックの音。
今の時刻は八時頃。
早寝早起きが基本のこの世界においても、まだ寝るには早い時間帯だ。
「起きてるよ。鍵は開いてるから入っていいぞ?」
しかしこの俺も舐められたものだ。
そう簡単に睡眠薬を盛られるとでも思っているのだろうか?
一体どんな手を使うつもりかは知らないが、まずは俺が主導権を握り、せいぜいからかって──
......と、そんな俺の今までの考えは一瞬にしてぶっ飛んだ。
「そ、そうか。邪魔をするぞ。少し話をしたくてな」
ダクネスの、露出の激しいネグリジェ姿のせいで──
──部屋に入ってきたダクネスは、手にしていた大きな酒瓶を部屋の中央にある机にそっと載せた。
相手を舐めていたのは俺の方だった。
そう、相手は謀略などを得意とする貴族なのだ。
ここにきてまさかの色仕かけである。
「どどど、どうしたんだよそんな恰好で。お前見えそうになってるぞ、見えちゃいけない色んな物が」
「ッ!?」
俺のツッコミを受けたダクネスが、羞恥でサッと赤くなる。
良かった、さすがにまったく動じずに俺を誑し込むほどの余裕はないらしい。
「そうか? これぐらいは普通だろう? それに、旅先で開放的になるのはよくある話だ。それよりもほら、まずは一杯やらないか?」
俺の言葉を受けたダクネスは、平然とした態度を崩さないまま、持ってきた酒の栓を目の前で開けた。
シュポンという小気味よい音が、今の今まで密閉されていた事を教えてくれる。
となると、この酒には盛られていないはず。
「そうだな、さすがにまだ寝るには早い時間帯だからな。寝酒とは気が利くじゃないか、せっかくだし頂くよ」
俺はそう言いながら、ダクネスが今まさに酒を注ごうとしているグラスの片方をサッと取り、
「っと、ヤバッ!」
それをしたたかに床へと落とす。
グラスは音を立てて砕け散り、破片を床にばら撒いた。
それを見たダクネスがサッと顔色を変える中、俺は砕けた破片に手を向けて。
「『ウインド・ブレス!』」
部屋の隅に追いやる様に、風の魔法でまとめていった。
「......ふう。悪いなダクネス、手が滑っちゃって。......っと、グラスが一つになっちゃったな。ちょっと下から取ってくるよ、破片の掃除は明日になったら宿の人にお願いしよう」
俺はダクネスにそう告げると、そのまま部屋から......、
「ま、待てカズマ。ほら、その......。グ、グラスは一つでいいんじゃないか? 元々私は酌に徹するつもりだったのだ、日頃のお前を労ってやろうと思ってな!」
出ようとしたところを、服の裾を摑まれた。
こいつ、権謀術数が当たり前の貴族のクセにごまかしが下手だなあ。
「ほう、俺の何を労うんだ? 俺がそんなに苦労してる様に見えるのか? 毎日寝てばかりの俺が?」
「ッッ、いやっ!? その......。ほら、こないだはまた魔王軍の幹部を一人倒したからな! 私達は何人もの幹部を葬ってきているが、実は、これはとても大変な事なのだぞ?」
慌てながらもどうにか言いわけを考えたダクネスは、やがて少しだけ真面目な顔になり、俺の顔を真っ直ぐ見据え。
「それもこれもお前がパーティーリーダーとして私達をまとめてくれているからだと思っている。私達は迷惑をかけてばかりだが、いつもありがとう、カズマ......」
そう言って、裏表の無さそうな顔で屈託なく笑いかけてきた。
そうか、こうやって虚実を織り交ぜていくのが貴族のやり方か。
......だが甘かったな。
一瞬だけヤバかったが、俺は人に出会った時にはまず疑ってかかる慎重な男。
俺は酒瓶を握っているダクネスの手をそっと摑むと。
「それはこっちのセリフだよ。俺はただの冒険者であり最弱職なんだ。お前らがいなきゃ何も出来ない。特にダクネス、もしお前がいなかったなら俺達のパーティーは何度も全滅していただろう。労うのはむしろこっちの方だ、ほら、グラスを寄越せよ。俺がお前に注いでやる」
「えっ」
酒瓶に添えられた手を握る俺に向け、ダクネスが虚を衝かれたような声を上げた。
しばし呆然としたダクネスは、俺が酒瓶を取り上げようとしている事に気付き、
「い、いやいや、大丈夫だカズマ、その言葉だけで十分嬉しい。それに今夜は私が労いに来たのだ。なのにお前に歓待されては申しわけない。ほら、酒瓶から手を放してグラスを手に取れ。さあ私が注いでやろう」
言葉では穏やかな口調ながらも、俺に酒瓶を取られまいと力を込めて抵抗していた。
この抵抗を見るに、やはりグラスの方に薬が塗ってある様だ。
「いやいやいや、貴族のお前に酒を注がせるだなんてとんでもない。たまにはお嬢様に尽くさせてくれよ、でないとほら、明日も護衛として城に行くだろ? その時、とんでもないミスをしちゃうかもしれないしな。公の場で貴族のお前を馴れ馴れしく呼び捨てするわけにはいかないんだし!」
俺が酒瓶を奪い取ろうとする手に力を込めると、いよいよダクネスが本性を露わにした。
「ええい、うるさいこの手を放せ! いつも私を適当に扱っているクセに、今更付け焼き刃が通用するか! 大体貴様、ここに来る道中私の事を役立たずだと罵ってくれたではないか! 日頃私の事を肝心な時には役に立たない女だとバカにしているが、クルセイダーは防御職なのだから派手に活躍するものではないのだ!」
「お前こそこの手を放せよ! 本当は俺を労うつもりなんてないクセに、労うってんなら酒なんかより体でご奉仕された方が嬉しいんだよ! おらっ、このグラスに何か塗ってるんだろ、やましい事がないなら飲んでみろ!」
互いにまったく譲らないままとうとう罵りあいを始めた俺達は、
「くっ、や、やましい事など何もない! 何もないがこれは飲まない。この酒はお前に対する労いだからな! そうか、酒よりも体での労いの方がいいか。よし分かった、そうまで言うのなら体で労ってやろうではないか! ベッドの上に横になれ!」
「こいつ、一服盛ろうとした事がバレそうになって逆切れしやがったな! よし、そこまで言うなら労ってもらおうか!」
売り言葉に買い言葉、俺とダクネスは互いに変なテンションで、ベッドの上に場所を変える。
日頃口では変な事を言うクセに、こいつの場合イザとなると怖気づく事は分かっている。
俺は上着を脱ぎ捨てると、ベッドに大の字に寝ころんだ。
「こいやオラァ!」
「お、お前!」
上半身裸の俺に対し、目のやり場に困るのかダクネスが顔を背ける。
「おっ、どうしたどうした? やっぱり口だけかよお嬢様! そりゃそうだよな、日頃散々俺の事をへたれだの何だの言ってるが、頰にキス一つしただけで照れるお嬢様だもんな!」
「上等だ、貴様の様な平民にこれ以上舐められてたまるか! 言った事はちゃんと守る、体で労ってやろうではないか!」
言うが早いかダクネスは俺にのしかかってくる。
が、俺を押し倒した様な体勢からどうしていいかが分からない様だ。
「おい、まさか体で労うってのはこのままマッサージをしますって意味じゃないだろうな! お前分かってるんだろ、日頃いかがわしい妄想ばっかしてんだからよ!」
「い、いかがわしい妄想とか言うな! 私はダスティネス・フォード・ララティーナ。たとえどれだけ不利だろうと、逃げる事だけは決して......!」
バンという音と共にドアが勢いよく開けられる。
そこにはパジャマ姿のめぐみんが、目を紅く輝かせて立っていた。
「さっきからバタバタとやかましいですよ! 一体何をやってるんですかあなた方は!」
ダクネスに押し倒された恰好の俺は、すかさずめぐみんに助けを求めた。
「めぐみん助けて、犯される!」
「ああっ、お、お前っ!?」
5
「まったく、一体何を考えているんですかダクネスは。欲情するのを止めろとは言いませんが、この宿にはアイリスだっているんですよ? せめてそういう事は家に帰ってからにしてください」
「違う、違うんだめぐみん! これにはわけが!」
部屋に乱入してきためぐみんに、危うくダクネスに襲われるとこだったとチクった俺は。
「何が違うんだよ、俺に薬まで盛ろうとしたクセに。グラスに眠り薬でも塗ってあるんだろ? そんな事してないというつもりなら、お前が持ってきたグラスで酒を飲んでみろよ。薬で眠りに就かせた後、俺の体にいたずらするつもりだったんだろ? お前には前科があるからな」
「ちちちち、違......! そうではなくて、これにはちゃんとした理由が......」
動かぬ証拠品が残っている以上、ダクネスは分が悪い。
そして証拠としてもう一つ。
「そんなきわどい恰好をして何が違うというのですか。あと少しで色々と見えそうなその姿では、ダクネスが何を言っても通りませんよ! ほら、本当の事を白状してください!」
そう、いつもよりきわどい恰好をしてきた事が思い切り裏目に出ていた。
というかこいつ、一体何を考えてこんな恰好をしてきたのか。
「これはその! ......うう、これは......。明日の顔合わせでおかしな事をされては堪らないので、カズマに薬を盛ってしばらくの間眠らせようと思ったのだが、娯楽大国であるこの国で眠ったままだというのも少しだけかわいそうな気がしたので......」
「なるほど、せめてものサービスとしてその恰好をしたというわけですか。どうせあわよくばそのままいっそ......! と少しだけ期待していたのでしょう、まったく、本当にいやらしい貴族令嬢ですね!」
ここぞとばかりに責め立てるめぐみんに、とうとうダクネスが観念する。
「ちがっ......! うっ......うっ......、もう否定はしません、私はいやらしい貴族令嬢です......」
「本当ですよ、アクセルの街にいるダクネスのお父さんがこんな事を知ったら一体なんて言うんでしょうね。はあ......はあ......、ほらどうしたのですか、もっとハッキリ言ったらどうです!」
ダクネスいじめに熱が入ってきたのか、だんだんめぐみんの鼻息が荒くなる。
たまに思うのだが、こいつはこいつでいじめっ子気質があるな。
俺はベッドの上で正座させられているダクネスの前で、相変わらず上半身裸のままであぐらをかきながらふんぞり返る。
「まったく、お前ってやつは。俺はアイリスのためにならない事をやらかすほど愚かじゃないぞ? アイリスの婚約者にいきなり攻撃したりはしないから安心しろよ。俺は意にそぐわない婚約ってのが嫌いなだけだ。お前が領主のおっさんと無理やり結婚させられた時も助けに行ったろ?」
「............ッ」
俺が助けに行ったあの時の事を思い出したのか、ダクネスが俯いたままほんのりと耳を赤くする。
「アイリスが本当に望んでいるのならそれを邪魔するつもりはないよ。こう、本心では望んでいないのに身を犠牲にして結婚するってのが嫌いなだけだ。貴族やお姫様なんだから仕方がないが、俺が知ってる人がそんな事になるのはなんか嫌だ。付き合いたいとかじゃなくても、女友達が他の男の物になるのはモヤモヤするんだよ」
「この男、昼間私達を他の男の前に置いていったクセにどの口がそんな事を言うのでしょうか」
「まったくだ、一度こいつの頭の中がどうなっているのか見てみたい」
「それは俺がお前らの事を信じてるからだよ。お前らはポッと出の知らない男にナンパされたぐらいでどうにかなる軽い女じゃないだろ?」
俺の言葉に複雑そうな表情を浮かべた二人は、困り顔を見合わせる。
「たまに卑怯ですねこの男は。自分は好き放題するクセに」
「本当にな。自分は知らない女に簡単に付いていきそうなほど気が多いクセに、相変わらず口が回るというかズルいというか......」
おっと、ちっとも信用されてないですね。
まあ、昼間別行動を取ってた時に、この街にもサキュバスサービス出張店みたいないかがわしい店はないかなと、少しだけ探索していたから強くは言えないのだが。
と、どこか吹っ切れた様にダクネスが立ち上がる。
「分かった。カズマ、もう私は何も言わん。それにずっと見合いを断り続けていた私にはあまりとやかく言う権利も資格もないからな。もし何かあっても責任は取ってやるから好きにしろ。当家が後ろ盾になってやる」
「そりゃいいな。ほら、クレアって姉ちゃんも同じ事言ってこれくれたんだよ。大貴族が二人もバックにいるんだ、多少の無茶をやってもどうにかなるだろ」
俺が見せつけた紋章入りのペンダントを見て、ダクネスが驚きの声を上げた。
「クレア殿はそんな物を預けるほどお前を信用したのか? それがどういう物なのかお前は理解しているのか?」
「してないけど、その態度でお前よりはあの白スーツの姉ちゃんの方が俺を信用している事だけは理解出来たよ」
その言葉に、クレアよりも俺と付き合いが長いダクネスはそれが少しだけ悔しかったのか、首元から似た様なペンダントを取り出すと......、
「カズマ、お前を信用して私もこれを......。......うう、こ、これを渡すのか......」
「何だよ、くれるんなら勿体ぶってないでとっとと寄越せ! おいなんだよ、この手を放せ!」
こちらに差し出したまま渡そうとしないペンダントを俺は無理やり引き剝がし、それを自分の首にかけた。
「まあ何にせよ、明日は俺に任せとけ。要は今回の主な目的は防衛費の支援とやらを止められないよう、相手の機嫌を損なわない交渉をすればいいんだろ? そんな事なら悪い様にはしないさ。俺がアイリスを不幸にするはずないに決まってるだろ?」
そんな俺の言葉を受けて。
「そうか......。うん、そうだな。分かった、明日はお前に任せよう。アイリス様の事は頼んだぞ! もしすべてが上手くいったあかつきには......」
安心した表情を浮かべたダクネスは、
「今度は、頰にキスなどという子供みたいな礼ではなく、もっとちゃんとした物を......」
ほとんど聞きとれないレベルの小さな声でそんな事をボソボソと呟いたが、俺は読唇術スキルでハッキリ見ていた。
この事はしっかり覚えておこうと思う。
6
「ほえー。おいおい、また随分金かけた城だなあ。ダクネス、なんかもう王都の経済規模といい城の大きさといい、色々と負けてないか?」
翌朝。
エルロードの城にやって来た俺達は、その大きさと豪華さに圧倒されていた。
「これは堪りませんね、ここに爆裂魔法を撃ち込んだなら一体どうなってしまうのか。考えただけで詠唱が漏れてしまいそうです」
「よしめぐみん、ここから先は私達だけで行くから宿に帰ってもらっていいぞ」
早速物騒な事を口走り出しためぐみんを、ダクネスが頰を引きつらせながらけん制する。
「ねえねえ、あのお城のてっぺんの旗をアクシズ教団のシンボルマークに変える芸を見せたらみんな驚くかしら」
「アクア、アクア。あれだ、アクセルの街に帰ったならダスティネス家からアクシズ教団に寄進をしよう。だから今日は大人しくしていてくれ」
城のてっぺんをジッと見つめるアクアを押さえ、ダクネスが泣き出しそうな顔になってくる。
バカめ、問題児しかいない集団なのに俺にだけ注視しているからだ。
「よーし、今から会う小僧がどれほどの男かテストしてやる。果たしてどこまで耐えられるかな?」
「お前、昨日の夜の言葉はどこへいった! バカな事を企むなら預けてあるペンダントを返せ......ああっ!?」
ダクネスが首元に伸ばしてきた手を避けた俺は、紋章入りのペンダントを素早く隠す。
「おお、お前、今、ダスティネス家のペンダントをどこに入れた! それはある意味、当家の家宝の様な物で......!」
ペンダントを隠した場所が気に食わないのか、食ってかかってくるダクネスに、
「おい、さっきから騒がしいぞ。ここをどこだと思ってるんだ? 俺達は護衛でもあるが国を代表する使者でもある。もうちょっと礼節を持ったらどうだ」
「なぜ私が注意されるのだ! ああもう、頼むから大人しくしていてくれ......!」
いつまでも騒がしい俺達に、それを見ていたアイリスが楽しそうにクスクス笑う。
「今日は王子に初めてお会いするにもかかわらず、皆さんがいるおかげで緊張しません。ありがとうございます」
「ほら見ろ、アイリスはこんなに落ち着いて礼儀正しいのに、家臣であるお前が一番うるさくしてどうするんだ」
「おおお、お前......! 一体誰のおかげで私がこんなに騒いでいると......!」
現在の城主である王子自ら出迎えるので城の前で待てと言われ数十分。
いい加減待ちくたびれた俺達がダクネスをからかっていた、その時だった。
「まったく、これだからベルゼルグの田舎者は......。城の前で騒がしいぞ、礼儀というものをわきまえろ」
子供特有の、変声期前の甲高い声が城に響く。
見た感じ、年の頃はアイリスと同じくらいだろうか。
年の割には背が高く、身長は俺とあまり大差がない。
まるで自分の力を見せつけるかの様にぞろぞろと多くの家臣を引き連れ、俺達の前に現れたのはそばかすが散った赤毛の少年。
頭に小さな王冠を載せている事から、こいつがアイリスの許嫁の様だ。
「ほらみた事ですか、ダクネスが落ち着きがないせいでいきなり怒られたじゃないですか」
「まったく、ダクネスはまったく。相手は王族なんでしょう? こんなところで騒いじゃだめじゃないの」
「くうううううう......!」
王子を始め、隣にいためぐみんやアクアにまでもヒソヒソと注意され、ダクネスが恥ずかしそうに顔を赤くし頭を下げる。
「あの......」
と、今まではダクネスの後ろにいたアイリスが、常識と礼儀知らずなポンコツ家臣の前に出る。
「あなたがエルロードの第一王子、レヴィ様ですか? 私はベルゼルグの第一王女、アイリスと申します。あなたにお会いするためにやって参りました。本日はあなたのお顔が見られて嬉しいです」
屈託のない笑みを浮かべたアイリスは、大きすぎず小さくもない涼やかな声でそう告げると、優雅さと愛らしさを併せ持った完璧な礼をしてみせた。
まるでダクネスを庇う様に堂々と立つその姿は、俺が最初会った頃の大人しさやおどおどした様子を感じさせず、正に一国の王女に相応しい。
「ア、アイリス様......!」
かつては妹の様に想っていた自分の主の晴れ姿に、ダクネスが感極まった声を上げる。
俺が言う事ではないのだが、クレアといいこいつといい、アイリスに対して過保護過ぎる。
「お前が俺の許嫁か? ベルゼルグの一族は女子供に至るまで武闘派だと聞いたが弱そうだな。もっと強そうで凛々しい姿を想像していたのに拍子抜けだ」
「えっ? あ、その......。すいません......」
おっ?
「それにその護衛の少なさはなんだ? ベルゼルグにはそこまで金が無いのか? 筋肉だけではなく、もう少し金を稼ぐ頭も鍛えた方がいいぞ!」
レヴィ王子はそう言ってこちらを小バカにする様に笑うと、率いていた家臣達が同調するかの様に笑い声を上げた。
なんだこの小僧、初対面で随分だな。
王子に対しての第一印象はバカっぽい子供の一言。
それに、他の家臣団もなんだか嫌な感じだ。
つーか、この国は友好国だの同盟国だのって話はどこいったんだ?
とてもそうは見えないのだが。
......と、レヴィ王子の興味はアイリスの後ろにいる俺達にも向けられた様だ。
それは王子の後ろに控えていた家臣団も同じだった様で、アイリスに対して向けていたどこか見下した様な視線が向けられる。
そして、幾人かの家臣達がアクアやめぐみんを見てハッとした様に目を見開いた。
「その護衛にしてもパッとしないな。どいつもこいつもまだ若いし、装備も高そうには見えない。よくここまで無事で来れたものだな」
そんな家臣達の様子に気付かず、王子はからかう様に言葉を続けた。
だが、今度は家臣達の同調の笑いが聞こえてこない。
それを不思議に思ったのか、王子が後ろを振り向くと。
「その喧嘩、買おうじゃないか」
目を紅く輝かせためぐみんが、大きく前に踏み出した。
7
それは本来なら外交での駆け引きのつもりだったのだろう。
どういった理由があるのかは知らないが、この王子はこちらを挑発し、悪印象を与えて怒らせるのが目的だったに違いない。
だが、ただ一つ、誤算だったのは──
「違うのです! レヴィ王子はそちらの国に詳しくなく、紅魔族の存在を知らなかったのです! 本気で喧嘩を売ろうとバカにしていたわけでは......!」
「王子、ちゃんと相手を見てください! アレは紅魔族です、魔王ですら一目置いている厄介な連中です。あの連中にはシャレが通じないので迂闊な発言は止めてください!」
「わ、分かった、悪かった! 俺が悪かったから魔法を唱えるのは止めろ!」
家臣達が諫める中、怯えた表情を浮かべた王子が詠唱中のめぐみんに謝った。
「今回は見逃しますが、次はありませんよ? 我が名はめぐみん。爆裂魔法を操り、数多の魔王軍幹部を葬りし者。この私を怒らせない方がいい」
「分かっておりますめぐみん殿、今後この様な事が起こらないように致しますので!」
取り巻きの家臣の一人が謝る中、王子だけは少し不満そうだ。
俺の隣ではダクネスが、泣きそうな顔で両手でこめかみを押さえている。
「よく分からないけど、ちゃんとごめんなさいが言えるのは良い事ね。パッとしない護衛って言われた時は聖なるグーを食らわせてあげようかと思ったけど私も許してあげるわね」
せっかく収まりそうになったところで余計な事を言い出したアクアに、王子が胡乱な視線を向けた。
「貴様、プリースト風情がこの俺に......」
「王子、王子、アレはアクシズ教徒です。しかもあの青髪にあの恰好、相当熱心な信者ですよ! 安楽少女より厄介で、アンデッドよりしぶといと言われるあのアクシズ教徒です!」
標的をアクアに移そうとした王子は家臣に鋭く警告され、ヒッと小さな声を上げる。
「ねえ、アクシズ教徒を安楽少女やアンデッドの仲間みたいに言うのは止めて欲しいんですけど! 謝って! ウチの子達をモンスター扱いした事を謝って!」
モンスタークレーマーみたいなアクアに怯えた王子は、俺やダクネスにも怯えた視線を送ってくる。
そして隣にいた家臣とヒソヒソと囁きだした。
『おい、となるとあの金髪の騎士も只者ではないのか?』
『王子、あそこに見えるのはダスティネス卿です。王家の盾と呼ばれる一族で、代々強力な力を持つ騎士が多く、敵に回すのは得策ではないかと......』
そんな二人の囁きは、口元を隠していないので読唇術スキルにより丸聞こえだ。
そして、王子の視線は当然のごとく俺の方にも......、
『という事は、あそこにいるパッとしない男も......』
『いえ、あれは見たことも聞いた事もありません。ただの荷物持ちか何かでしょう』
ぶっ飛ばすぞ。
──と、この場をどうまとめようかと皆が困り果てていたその時だった。
「一体何を騒いでいるのですか?」
目鼻立ちは普通だが、見ただけでこの国のお偉いさんだと分かる、細かな意匠を凝らした服を着た一人の男。
王子以上の貫録を漂わせたその男は、城から悠然と歩いてきた。
「宰相殿! いや、これは......」
家臣の一人の言葉により、どういった身分の人なのかを理解した。
俺が昨日入った飯屋で噂を耳にした、現在この国を牛耳っている宰相らしい。
その場の皆が畏まる中、気を取り直したアイリスが宰相に挨拶をする。
「初めまして。私はベルゼルグの第一王女、アイリスと申します。お目にかかれて光栄です」
「これはこれは、噂に聞くベルゼルグの一族とは思えないほど可愛らしいお姫様だ。私は宰相を務めているラグクラフトと申します、よろしくお願い致します」
先ほどまでの騒ぎをあっという間に収めた宰相は、慇懃に礼をすると俺達に背を向け歩き出す。
誰もがホッと息を吐き、その後へと付いていく。
「では、アイリス様御一行はどうかこちらへ。歓待の準備を用意してますので......」
と、その時だった。
宰相の後ろに近寄ったアクアが無造作にペタペタとその背を触る。
「な、なんだね、このプリーストは? 私に何か?」
思わず尋ねる宰相に、当のアクアは首を傾げ。
「よく分からないんだけど、なんとなくおじさんが気になるんですけど。でも悪魔臭くもないしアンデッドの気配もしないのよね。......ねえおじさん、友達に悪魔の知り合いはいないかしら? それとも、野良アンデッドを飼ってるとか」
「申しわけないラグクラフト殿! この者は変わり者で知られるアクシズ教徒でして!」
いきなり失礼な事を言い出したアクアをダクネスが慌てて引っ張り頭を下げる。
それを聞いたアクアが自分を摑んでいたダクネスの手をバシバシと叩き出す中。
「いや、アクシズ教徒なら仕方がない。ああいや、本当に気にしてないから......」
アクアに触られた宰相は、引きつった表情を浮かべていた。
8
「そ、そこをなんとかお願いします!」
宰相と歓談していたアイリスが、会場に響き渡る大声を上げた。
城に通された俺達は、宰相の言葉通りに歓待を受けていた。
これだけの大国の割にはなんだか質素なパーティーだったが。
「そこをなんとかもなにもありませんよ。我が国も財政が苦しいのです。見てください、このパーティーを。大切な同盟国であるベルゼルグの王女の歓待にすら、この様に節約しなくてはいけない有様です。なので、アイリス様の頼みでもこれ以上防衛費を負担する事は出来ません」
表情だけは申しわけなさそうな宰相が、だがハッキリと拒絶を口にした。
俺達の他は、王子と宰相とその取り巻き以外は誰もいない、小さなパーティー会場内で、皆思い思いに料理を食べていたのだが。
「ですが、この国を見た限りでは、あまり財政難とは思えないのですが......」
アイリスの近くをウロウロしていた俺が何事かと耳を澄ませば、どうやら今回の顔合わせの本命の方の話らしい。
「いえ、それはあくまで外国から見た場合にそう見えるだけでしょう。この国の民は皆生活が苦しく、とても支援をする余裕はないのです......」
「そ、そうですか......」
宰相の言葉を受けてアイリスがシュンと俯く。
こんな時こそ貴族であるダクネスの出番なのだろうが、現在は残念な事に会場で好き勝手に飲み食いしている二人の問題児に目を光らせている。
となれば、ここは俺の出番だろう。
「失礼。ちょっといいですか?」
「お、お兄様?」
俺が歓談していた二人の間に割って入ると、宰相はあからさまに嫌そうな顔をする。
「あなたは確か護衛の方でしたね。私とアイリス様は、今大切な話をしているんです。話なら後にしていただけませんか?」
「いやいや、自分この子の兄ですから。なので、保護者代わりでもあると言いますか」
何だこいつはという目で俺を見ていた宰相は、兄という言葉に目を見開く。
会場のあちこちからも、兄? あれがジャティス王子!? などの取り巻きの声が囁かれた。
「なるほど、先ほどアイリス様がお兄様と呼んでいましたが、よもやあなたが......。魔王軍相手に最前線で戦っていると聞いたのですが、情報が間違っていたのでしょうか。それに黒髪、黒目とは......まさか勇者の先祖返り?」
宰相は勝手に俺の正体を勘違いしている様だ。
黒髪黒目だとか先祖返りだとか変な事を言ってるが、今はむしろ好都合だ。
「とにかく、たとえ相手が誰であろうともこれ以上の支援は出来ません。申しわけないのですが諦めてください」
こちらを警戒しているのか、宰相が強い口調で言ってくる。
なるほど、さすがは宰相なだけありこっちはどうにもならなそうだ。
だが......。
「そうですか......。アイリス、ならレヴィ王子にも頼みに行こう。王子が金をくれると言ったら別に構わないでしょう?」
「なっ!? そんな余裕はないと言っているでしょう、それにこの国の政治は私が管理しているんです、たとえ王子がなんと言っても......」
顔色を変える宰相に、俺は揉み手をしながら顔を寄せる。
「街の噂で聞いたんですが、王子にも政治に関する決定権があるらしいじゃないですか。それに、街の人達が宰相殿を褒めてましたよ、景気が良いのも宰相殿のおかげだ、って。あれあれ、景気が良いんですか? 何だか話がおかしくないですかね?」
俺の言葉に宰相は、苦々しい物を口にした様な表情を浮かべ、
「分かりました。ですが、王子への交渉はあなた方で行ってください。私には王子に口を出す権限はございませんので」
そう、突き放した様に言ってきた。
よし、これは良い流れではないだろうか、あの王子はちょっとバカそうだし。
俺とアイリスが早速王子の下に向かうと、監視でもするかの様に宰相も付いてきた。
王子が丸め込まれない様にフォローを入れるつもりだろう。
「レヴィ王子、ご機嫌いかがですか? ちょっとお話をさせて頂いてもいいですか?」
家臣達と歓談していた王子にアイリスが笑いかける。
すると、それまで上機嫌だったのが途端に不機嫌そうな表情を浮かべ、
「たった今悪くなった。話とはなんだ、野蛮なベルゼルグの王女と話す事なんてないぞ」
そんな辛辣なセリフをアイリスに......。
よし、このガキ絞めよう。
「おい小僧、俺の妹にまた随分な言いぐさじゃないか。お前礼儀ってもんを分かってるのか? バカにしてんの? 許嫁の態度じゃないだろコラ」
「お、お兄様!」
「なっ!? 貴様、この俺に対して......。お兄様?」
アイリスに腕を引かれ部屋の隅に連れられた俺は。
「お兄様、お願いです。どうか短慮は起こさないでください。我が国はどうしても防衛費や攻勢に出るための資金をお願いしなくてはいけないんです。でないと、冒険者の皆さんへの報酬もままなりません。お願いします、どうか私のために、我慢してはいただけませんか?」
「......そんな事言われたら聞かないわけにはいかないじゃないか」
上目遣いで訴えかけられ、滾る怒りを腹に収めた。
王子はと言えば、遠巻きに俺を見ながら宰相とコソコソ話している。
多分俺が誰かを説明しているのだろう。
本当は兄じゃないんだけども。
「やあ、さっきはすまんね。目の前で妹をバカにされたら怒りもするだろ? 妹をバカにしたそちらも悪いという事でどうか水に流してほしい。危うく頭のおかしい紅魔族とアクシズ教徒をレヴィ王子にけしかけるところだったよ」
「ヒッ!? い、いや、うん。俺も言い過ぎた、お互い水に流すとしようか」
よほど紅魔族とアクシズ教徒を怖がっているのか、面白い反応を見せる王子。
このままの流れでお金の方をお願いしよう。
俺の意図を汲んだアイリスが、小さく頷き王子を見上げる。
「実は王子、防衛費の支援の事なのですが......」
「ダメだ」
アイリスが全てを言い終わる前に、王子はキッパリと告げてきた。
そこには先ほどまでの怯えた表情もなく、一人の王族としての態度を見せている。
「ラグクラフトから話は聞いた。答えは最初から決まっている、絶対にダメだ」
取りつく島もないとはこの事か。
「あの、どうしてですか? 支援を頂けずに我が国が負けて魔王領になれば、次はこの国が狙われるんですよ?」
「その事ならお前達が心配する必要はない。俺には既に考えがあるのだ。というか、今後我が国は魔王軍に対して敵対するつもりもない。なので、防衛費の支援以外の協力を要請されても困るからな」
......。
「それは......! ど、どういう事ですか? それでは、我が国との同盟はどうなるのですか?」
「こちらにも事情があるのだ。同盟については続けてもいいが、魔王軍を刺激したくないという事だな。ああ、それと今回の件に伴ってお前との婚約も破棄でいい。そもそも親が勝手に決めた話だしな。野蛮なベルゼルグの姫との結婚など、俺は最初から嫌だったのだ。男より強い娘と聞いて結婚が出来るか」
一瞬。
それを聞いたアイリスが、ほんの一瞬だけ嬉しそうな表情をした気がしたが、すぐに目に涙を浮かべ、王子の胸元を両手で摑む。
「婚約破棄はちっとも構いません。ですが、支援を完全に断たれては......!」
「そんな顔をしてもダメだ、お前も王族の端くれなら......、ぐっ。ちょ、ちょっと待て、首が絞ま......! やめっ、ちょっと待って......!」
アイリスに襟元を絞め上げられてみるみるうちに王子の顔色が青くなる中、周囲の家臣が慌てて止める。
「ゲホッ......! な、なんて野蛮な女なんだ! やはり婚約を破棄して正解か、もういい、話は済んだのだからとっとと行け!」
目に涙を浮かべた王子がアイリスに宣告する。
「......分かりました」
項垂れたアイリスに、王子は嬉しそうな表情を浮かべ、
「そうか。では......」
「また明日参ります」
何かを言いかけた王子を遮り、アイリスがキッパリ告げた。
「......えっ?」
戸惑う王子にアイリスは、小さな胸を張り宣言する。
「また明日、伺います。いいえ、明日だけではありません。明後日も、その次の日も。支援を頂けるというまでは、いつまででも伺います」
自分を真っ直ぐに見つめてくるアイリスに、王子はしばらくポカンと口を開けた後、
「か、勝手にしろ!」
気を取り直し、そう告げた。
それを聞くやアイリスは、満面の笑みを浮かべて言った。
「はいっ、また来ます!」
アイリスはそれだけ告げると、俺の手を引き踵を返す。
そんな俺達の背中に向けて、
「おい、明日からは護衛は一人だけにしろよ! もう紅魔族とアクシズ教徒は連れて来るな! ダスティネス家の娘もだ! そこの弱そうなお前の兄だけにしろ!」
王子はせめてもの抵抗だとばかりに投げかけてきた。
1
翌朝。
俺とアイリスの二人は、宿の前で皆を見送っていた。
「それじゃあカズマ、行ってくるわね。私、今日は絶対勝てる気がするの。だってお茶を飲んだら茶柱が立ってたもの」
「アクアは朝早くから、茶柱が出てくるまで何度もお茶を水に変えては淹れ直していたじゃないですか」
アクアはカジノへ。
そしてめぐみんは、探索したい場所があるらしく、単独行動に。
「カズマ、アイリス様の事は任せたぞ。不甲斐ないが相手に来るなと言われてはしょうがない。私はこの街を調べ、せめてもの交渉材料を探しておこう」
ダクネスは街の探索へ。
そして──
「それでは私達も行ってきます。必ず支援金を頂いてきますから!」
俺とアイリスは、昨日の宣言通り早速城へ向かう事になった。
ダクネスが俺に向け、こいこいと手招きをする。
「カズマ、すまないが頼む。本来ならこういう事は私の仕事なのだが......」
「気にすんな、俺がなんとかしてやる。言ったろ、アイリスを不幸にはさせないって」
俺の返事を聞いたダクネスが、真剣な顔で一つ頷く。
「それじゃあ行ってくるわね。すんごく儲かったらカズマにもお土産買ってきてあげるから!」
アクアの声を皮切りに、俺達はそれぞれ出かけて行った。
──城に着いた俺とアイリスは、早速王子の洗礼を受けた。
「立ち合えとは、どういう事でしょうか......」
俺達が通されたのは訓練場だった。
困惑顔のアイリスに、俺達を出迎えた王子がニヤニヤしながら言ってくる。
「なに、俺は昨日の時点で交渉は終わったと思っている。だが、お前達は交渉を続けたいと言っている。俺としてはお前達とこれ以上交渉をするメリットがない。だが......」
王子はそう言って、訓練場の騎士達に向けて手を広げ。
「俺は面白い物が好きだ。ここにいる俺の部下共と戦い、勝ったなら話を聞いてやろう。どうだ、それでもいいなら」
「受けましょう!」
王子の出した提案に、アイリスが食い気味に即答する。
そして当然の様に剣を抜き、嬉々として王子の前に立つ。
一応俺は護衛のはずだが、アイリスは俺にやらせる気はないらしい。
周りにいた騎士達は、まさかこの様な少女が勝負を受けるとは思わなかったのか、一瞬だけ呆気に取られ......。
「レヴィ王子、どうか私にお任せを!」
「いいや、この俺に! この生意気な娘を躾けて差し上げましょう」
「待ってほしい、自分がこの騎士団の中で一番弱い。なら、自分が最初に相手をするのが筋というものなのでは......」
他国の人間に舐められたと思ったのか、騎士達は自分こそがと争い出した。
それを見た王子は余裕の表情を浮かべ、
「まあ待てお前達。......おい、相手をするのはお前でいいのか? そっちの兄貴じゃなくて大丈夫なのか?」
アイリスに向け、からかう様に提案してきた。
「構いません。お兄様が出るまでもありません、私一人で十分です。では皆さん、いつでもどうぞ!」
剣を抜いたアイリスは、それを無造作にぶら下げ堂々と言い放つ。
だが堪らないのは騎士の方だ。
〝では皆さん、いつでもどうぞ〟と言われたのだ。
つまりは──
「一対一ではないのか? 武闘派で名高いベルゼルグ一族の姫とはいえ、いくら何でも我々を舐めすぎでは?」
騎士達の隊長とおぼしき男が、殺気を放ちながら前に出る。
「そんなつもりはないのですが......。ですが、何人でもお相手しますし、用意はいつでもいいですよ」
それを挑発と受け取ったのか、その男は開始の声も待たずに剣を振り上げ──
「『エクステリオン』!」
アイリスが無造作に放った斬撃に、頭上に掲げた剣を斬り飛ばされた。
「......は?」
それは誰が漏らした声だろう。
それまで笑ったり怒ったりしていた騎士達がピタリと動きを止めて、訓練場の空気が固まった。
「アイリス、一々相手の剣をダメにしていちゃあ訓練にならないだろ? ほら、あそこに刃を潰した訓練用の剣がある。あれにするといい」
「あっ! そうですね、申しわけありません......。ごめんなさい、あなたの剣をダメにしてしまいました」
そう言ってすまなそうに謝るアイリスに、剣を斬られたその男は。
「えっ!? い、いや、あの......。い、いいえ、お気になさらず......?」
未だ何が起こっているのか理解していない顔で答える。
呆然と皆が見守る中、てくてくと壁に歩いて行ったアイリスは、そこにかけられていた練習用の剣を手に取ると。
「では皆さま、よろしくお願いします!」
満面の笑みで笑いかけた。
「──あ、あの、話を聞いてもらっても......いいですか?」
「はい。ぜひ聞かせてください」
動かなくなった騎士達が死屍累々と横たわる訓練場。
その中心で、借りてきた猫の様に大人しくなった王子が座り。
これだけ暴れたにもかかわらず汗一つかく事もなく平然とした顔をしているアイリスが、ひしゃげた訓練用の剣を地面に突き刺し、王子に向かって笑いかけた。
「話を聞いていただいてありがとうございます! では......」
「待て! 俺は話を聞くとは言ったものの、支援してやるとは言ってない! 勝手に話を進めるな!」
じゃんけんに負けた後、実は三回勝負なんだ的な事を言い出す王子。
「おいアイリス、今なら騎士達は皆気を失ってる。つまりは誰も見てないわけだ。いい機会だし、こいつ埋めて帰ろうぜ」
「ヒッ!?」
「ダ、ダメですよお兄様、それではお金がもらえません!」
人道的な意味ではなく、お金がもらえないという理由でアイリスが否定する。
俺の可愛い妹は常に成長している様だ。
「......一割だ」
王子が呻くような声を出す。
「えっ?」
アイリスが聞き返すと、バッと顔を上げた王子が言った。
「一割だ! まずは一割。う、うむ、確かに今まで行ってきた防衛費の支援をいきなり止めるのも問題だからな。一割だけ継続してやろう!」
「そ、そんな! 一割では、とても......」
悲しそうなアイリスに、王子はようやく勝ち誇ったドヤ顔で宣言した。
「田舎者の割には俺を楽しませたからな。これはあくまでその褒美だ! もっと金が欲しいというのなら俺を満足させるんだな!」
「分かりました! では、追加の騎士団をお願いします!」
「違う、そうじゃない、誰が俺の部下への虐待を続けろと言った! 俺を楽しませろと言ったんだ!」
アイリスの予想外の反応に王子が慌てて訂正する。
「楽しませる......。そ、それでは、その、私の宝物であるタケトンボを一日だけお貸ししても......」
「俺をバカにしてるのか! それは子供が遊ぶおもちゃだろう、そんな事を言っているのではないわ!」
王子ははあはあと荒い息を吐くと、アイリスをねめつけながら。
「明日だ! 明日またここに来い。その時にはお前があっと驚く相手を用意してやる。そいつにお前が勝ったなら、また予算を追加してやろう。分かったな!」
そう言って、訓練場を出て行った──
──城からの帰り道。
アイリスが俯きながらポツリと呟く。
「お兄様、たった一割しか取り戻せませんでした......」
本来なら今回の顔合わせは、元からの支援の維持と、攻勢に出るための更なる追加を頼むため。
それが、逆に大幅に減額されてしまったのだから落ち込んでいるのだろう。
別にアイリスが悪いわけではないのだが......。
「なに言ってんだ、一日で一割だ。なら毎日通い詰めて、二十日も脅......お願いすれば当初の倍になる。そう考えれば凄い成果じゃないか」
そんな適当な事を言って元気づけると、アイリスは伏せていた顔を上げて笑顔を咲かせた。
「そんな簡単な話じゃない気もしますが、元気が出ました。お兄様、明日もよろしくお願いします」
「任せとけ。ていうか明日からは俺も色々手伝うからな」
こうして。
この日から、俺とアイリスによる交渉が始まった──
2
「『エクステリオン』!」
「うううう、噓だろ!?」
訓練場に悲鳴が響く。
それはもちろん王子の悲鳴だ。
「ふ、俺の妹の力を見誤った様だな。たかだかグリフォン程度、アイリスの相手になるわけがないだろう」
「お、お前、最初檻に入ったグリフォンを見た時には卑怯だの反則だのと大騒ぎしていたではないか!」
今、俺達の目の前には、一撃で真っ二つにされたグリフォンの亡骸がある。
グリフォン。
民家並みの巨体を有し、その翼で空を舞い、牛や馬の成体ですらさらっていく、獅子の体と大きな翼、そして、鷲の頭を持つ巨大なモンスター。
ドラゴンほどではないものの、多くの冒険者から恐れられている極めて危険な相手である。
「お兄様、やりました!」
「お、おう。さすがは俺の妹だ、よくやった」
満面の笑みを浮かべてタタタとこちらに駆けるアイリスに、俺はほんの少しだけ引きながら褒め称えた。
「あの、レヴィ王子。これで約束通り......」
「わ、分かった分かった! 支援金は増加する、だから抜き身の剣を早くしまえ! 俺に剣先を向けるのを止めろ!」
半泣きの王子の言葉にアイリスが安心した様に息を吐く。
が、王子の次の一言で浮かべていた笑みに曇りが見えた。
「だが、あくまで増加するだけだ。昨日の分と合わせ、支援金は今までの一割五分だな。さあ、今日のところはこれで......」
「そんな! せめて二割でお願いします!」
「ヒッ、剣先を向けるな......、おい、近い! 剣先が頰に触れている、お前俺を脅す気か!?」
昂ったアイリスが思わず剣を片手に迫ってしまうのも無理はない。
「脅すだなんてそんな、私は交渉をしているだけで......」
「だったらその剣を早く収めろ!」
泣き顔の王子は、剣先を目の前にしながらも王族の矜持なのか脅しには屈しなかった。
ただのクソガキかと思ったが、意外と根性だけはあるのかもしれない。
だが、この王子はこちらを田舎者だと下に見ている。
なら──
「それなら俺と勝負をしないか?」
そのプライドの高さを突くまでだ。
「だ、誰がこれ以上お前なんかと──」
「おっと、勘違いするなよ? 妹にすら勝てない相手に、魔王軍幹部を何人も葬ってきた俺が戦闘関係の勝負をすれば、この国の騎士はおろかグリフォンでも相手にならない。ああ、それこそドラゴンでも連れて来るしかないだろうな」
それを受けた王子がゴクリと唾を飲み込む中で、俺の実力を理解しているアイリスが何を言い出すんだこの人はという目を向けてくる。
軽く傷つくからその目は止めて欲しい。
「俺が言う勝負というのはゲームの話だ。お前もカジノ大国の王子なんてやってるんだ、賭け事が好きなんだろ?」
昨日、俺達が宿に帰った後、ダクネスがこの王子に関して集めた情報を話してくれた。
それによると、この王子はゲームやギャンブルといった行為に目がないらしい。
というか、ここエルロードはカジノで成り立ったと言われる国。
なら、その子孫がギャンブル好きなのも当然である。
「俺にゲームで勝負だと? 勝ったあかつきには支援金を増額しろと言うつもりか?」
「そういう事だ。ギャンブルには勝負に勝った後、ダブルアップってやつがあるだろ? 俺とそれをやらないか?」
さすがに飲み込みは早いのか、王子は俺の意図を即座に理解する。
ダクネスが集めた情報では、王子は負けず嫌いでもあるとの話も聞けた。
戦闘関連ではあまり役に立たないダクネスだが、こういった地味な事に関しては意外と使えると判明。
ちなみに、残り二人の内の片方はカジノで小遣いを全部摩り、もう一人に関しても昨日のカモネギ養殖所に再び出向き、ダクネスからもらった小遣いでカモネギの残党狩りをしたと喜んでいた。
今回に関しては二人が役に立つとも思えないので、しばらく放っておこうと思う。
王子はしばらく思案した後、大きく一つ頷くと。
「いいだろう、こちらが負ければ支援金を一割五分ではなく二割に上げてやる。で、お前が負けたなら何を支払う?」
しまった、代価の事を考えていなかった。
国が要請する金ともなればきっと莫大な額なのだろう。
それに見合う物といえば......。
「分かった、それじゃこうしよう。もしお前が勝ったなら、妹の肩叩き券をくれてやる」
「頑張ります」
「バカかお前は、誰がそんな物を喜ぶんだ! 金だ金! 金かそれなりの価値の物を寄越せ!」
金がないからこうしてねだりに来ているのに。
と、アイリスがおずおずと、ポケットから大事そうに何かを取り出す。
「あの、それでは負けた際にはこのタケトンボを、三日ほどお貸しするというのは......」
「だからそんなおもちゃでどうしろと言うのだ、そんな物いるか!」
この竹とんぼってあれか、俺が昔あげたやつか。
まだ大事に取っていたのか。
「ええい、それならお前達が負けた場合には支援金はゼロになるというのはどうだ? 減るのではない、ゼロだ。元々は交渉という名のお前達のワガママに付き合っているのだから、これぐらいは譲歩してもらう。今後も毎日来る気だろうが、お前達への金がどれだけ上がろうと、一度でも負ければゼロになる。どうだ、それでもやるか?」
こちらを挑発する様に、ニヤニヤと王子が笑う。
なるほど、俺達が一度でも負ければ王子は全てをひっくり返せる。
なかなかに悪くない手だと思う。
──勝負の相手が俺とアイリスでなければ。
「よし、それでいい。それじゃあ勝負内容は俺が決めるぞ」
俺がアッサリ引き受けた事が予想外だったのか、王子は驚きの表情を浮かべる。
そんな王子の目の前で、俺は財布から一枚の硬貨を取り出す。
そして一旦両手を背中に隠し、王子の前に拳を二つ突き出した。
「内容は至ってシンプルだ。百エリス硬貨がどこにあるかを当ててもらおう」
「......つまり、純粋なギャンブルで勝負する気か? バカか貴様は? もう取り消しは効かないぞ?」
勝負内容を聞いた王子は、かわいそうな者を見る目を向けるが、アイリスがハッとして声を上げる。
「そういえばお兄様は、類いまれな豪運の持ち主でしたね! なるほど、それなら......!」
「......なに?」
それを聞いた王子の頰に一筋の汗が流れる。
だが、今更止めるとも言えないのか、俺が握った拳をしばらく凝視し......!
「こっち......、いいや、こっちだ! こっちの拳に決めた!」
王子は俺の右の拳を指差した。
それを聞いたアイリスは、祈るように両手を合わせ。
ニヤリと笑った俺を見て、王子はハッとした様に目を見開く。
「残念! ハズレー!」
「くっそおおおおおおおお!」
俺がこれみよがしに王子が指差した方の拳を開くと、そこは当然のごとく空だった。
「やりましたねお兄様! これで二割! 二割です!」
無邪気に喜ぶアイリスに、だが王子は余裕の表情を浮かべて不敵に笑う。
「たかだか一回勝ったぐらいでいい気になるなよ? お前達と違い、俺は一度でも勝てればいいんだ。せいぜい明日からは気を張る事だな!」
3
「『セイクリッド・ライトニングブレア』──!!」
訓練場の真ん中に白い稲妻が突き刺さる。
それはまばゆい光の奔流となり、暴風と共に吹き荒れた。
「「ひいいいいいいっ!?」」
訓練場の隅っこで、俺と王子は頭を抱えてうずくまりながら悲鳴を上げる。
凄まじいまでの轟音が鳴り止むと、そこには大量の石材が転がっていた。
これ、多分勇者がラスボスとの戦闘とかで使う魔法だと思う。
「お兄様、やりました!」
この惨状を巻き起こした張本人が満面の笑みを浮かべて駆けてくる。
今日のアイリスの相手は群れをなしたゴーレムだった。
一対一ではどれだけの大物を連れてきても無駄だと判断した王子が、物量作戦に出たのだが......。
「よくやった、さすがは俺の妹だ。どうだ? もうこんなまどろっこしい事は止めて、今まで通りの援助をしては?」
「お前、俺と一緒に頭を抱えて悲鳴を上げてはいなかったか? それはともかく、俺の支援金が欲しければ勝負に勝ち続けるんだな。今の予算は二割五分だ。さあどうする? 今日も俺と勝負をするのか?」
不敵に笑う王子の前に、俺は無言でエリス硬貨を見せつけた。
「ふん、良い度胸だ! お前の運がどれだけの物かは知らないが、俺もカジノで財を成したエルロードの王族だ。果たしていつまで勝ち続けられるかな?」
王子の言葉を聞きながら、俺は無言で硬貨を弾く。
それを素早く手に取ると、俺は両手を後ろに回し──
「──というわけで、現在三割まで回復した。この調子なら後一週間で元に戻せるな」
「......さすがというか、なんというか。お前のその強運をどうにか世のために使えないものだろうか」
今日も王子から勝利を勝ち取った俺は、宿で晩飯を食べながらこれまでの事を話していた。
「カズマさんカズマさん。明日は私に付き合ってくれない? 一緒にカジノに行きましょうよ。明日一日、カズマ様って呼んであげるから」
「いらんわ。つかお前、昨日一日で小遣い全部使い果たしたはずだろ? 今日は一体何やってたんだ?」
そう、こいつはこの街に着いて早々ダクネスからもらった小遣いを全部摩ったはず。
なのに、アクアは重そうな財布を自慢気に俺に見せびらかしてきた。
「今日は冒険者ギルドに行っていたの。ほら、ここに来るまでにアイリスがモンスターを退治しまくってたでしょう? 賢い私はアイリスが倒したモンスターの死体から、高値で買い取って貰える部分を集めてたのよ」
「お前アイリスが倒したモンスターの部位を売っぱらってきたのか。おい、全部とは言わないけど半分寄越せ。そんで、それをちゃんとアイリスに渡せ」
財布を取り上げようとすると、それを腹に隠して丸くなり防御体勢を取るアクア。
「あの、お兄様。私は冒険者ではないのでモンスターの素材の買い取りはしていただけませんので、別に構わないのですが......」
「いいんだよアイリス、こいつを甘やかすとどこまでも調子に乗るからな」
このままでは取り上げられると判断したのか、素早く立ち上がって戦闘体勢に入るアクアと対峙していると、食事を終えためぐみんが口元を拭きながら言ってきた。
「明日は私がアクアの面倒を見てますよ。放っておくとカジノで借金を作りかねませんし」
まあこいつならアクアみたいにギャンブルにハマる事もないか。
「私としてはこれ以上調べる事もないのだが、明日からはどうしたものか」
それを聞いたアクアがハッとした表情でダクネスにすり寄っていく。
「ねえダクネス、それじゃあ明日はあなたも一緒に来なさいな。カジノの先輩として色々教えてあげるから」
「......小遣いを使い果たしたらまた私にねだるつもりじゃないだろうな?」
ねだるつもりだったらしい。
頰を膨らませて抗議の意を示すアクアは放って置き、
「なんにせよ。支援金とやらは任せとけ。このままあの王子から毟ってやるよ」
俺はアイリスと頷き合うと、幾分引き気味のダクネスにアクアのお守りを押し付けた。
──それから。
「残念、ハズレ!」
「なぜだああああああ!」
俺とアイリスが交渉という名の名目で城に通い出してから一週間。
とうとう戦う相手がいなくなったアイリスは勝負から除外する事になり、予算を賭けた戦いは、純粋に俺との勝負のみとなっていた。
代わりに一日二回に増えた、ただ硬貨の場所を当てるだけというシンプルなギャンブルは、単純なだけに王子の負けず嫌いに確実に火を付けていた。
「やりましたねお兄様、これで防衛予算はすっかり元通りです! あとは、魔王軍との戦いのため、本来お願いするはずの攻勢に出るための支援金を......」
「ま、待て待て! そっちの支援はダメだ。防衛費の支援を継続するというのならともかく、魔王軍を攻めるための金を出すとなると色々な問題があるのだ」
今までの様子からしてもうひと勝負とばかりに乗ってくるかと思ったのだが、王子は意外にも慎重な姿を見せた。
「おい、お前俺に負けたままでいいのか? 田舎だ田舎だとバカにした国の人間に、カジノ大国の王子がギャンブルでボロ負けしましたって、それ大丈夫なのか?」
俺が必死に挑発するも、王子はフンと鼻で嗤う。
「そんなみえみえの挑発に乗るか。今までお前からの勝負を受けていたのは、こちらが負けてもなんら現状と変わりなく、勝てば公式に支援を打ち切れる大義名分が出来たからだ。だが、我が国は魔王軍を刺激したくない。よって、攻勢を仕かけるための金は出せない」
こいつ、単なるバカ王子かと思えば意外としたたかなのかもしれない。
しょうがない、こうなったら種明かしだ。
「いいのか、本当に? 次は勝てるかもしれないんだぞ?」
「くどい。これまで負け続けたのにいきなり勝てるはずがあるか、俺を誰だと思っている。カジノ大国の王子だ......ぞ......?」
冷静だった王子の顔が、呆然とした表情に、そして口がポカンと開けられる。
その視線の先には開かれた俺の右手がある。
ちなみに王子が先ほど賭けていて外したのは俺の左手。
「お兄様、ひょっとして最初の勝負の時からどちらの手にも硬貨を持っていなかったのですか?」
王子程ではないものの、同じく驚きの表情を浮かべたアイリスに、
「そうだよ。賢いアイリスは勝負を持ちかける際に俺が何て言ったか覚えてるだろ?」
「何て言ったか、ですか? ええと......『内容は至ってシンプルだ。百エリス硬貨がどこにあるかを当ててもらおう』でしたか? ......あっ!」
「ああっ!」
アイリスに続いて王子の方もピンときた様だ。
「そう、俺は最初からこう言ったんだ。『どこにあるかを当ててもらおう』ってな。どちらにあるかなんて言ってない。単に硬貨の在処を聞いたんだ。そして、肝心の硬貨はといえばお尻のポケットの中でした!」
「わあっ! さすがですお兄様! こういう狡っからい事をさせると右に出る者はいませんね!」
目を輝かせるアイリスに、俺は思わず。
「褒めてるんだよな?」
「ええ、褒めてるんですよ?」
そう言ってクスクス笑ってくるアイリスに、こいつ絶対褒めてないだろと訝しんでいたその時だった。
「き、貴様貴様貴様! よくもこの俺にイカサマを使ってくれたな! お前、王族でありながら卑怯だとは思わんのか!」
「全然」
だって王族じゃないし。
そんな俺の態度を見て、王子は荒い息を吐くと。
「......くっ、これだから田舎者は! まあいい、カジノ大国の王子であるのにイカサマを見抜けなかった俺がマヌケなのだ。金を返せなどとは言わん」
王子は結局、俺の挑発には乗らず。
「俺をどれだけ挑発しても無駄だ。防衛のための支援はこのまま続けてやるが、追加は出せない。これは絶対にだ。......というか正確には、防衛費の支援を打ち切るべきだと言い出したのはラグクラフトなのだがな。俺としては田舎娘との結婚など御免だったからこの話に乗っただけだ。まあ、結局勝てなかったのは残念だがそれなりに楽しかったよ」
王子は一方的に言い捨てると。
「それじゃあサヨナラだ。お前達が魔王を倒す事を祈ってるよ」
まるで思ってもいない事を口にしながら、王子は出ていくように促してきた。
「──と、いうわけで。あのクソガキに痛い目を見せてやろうかと思うんだ」
「よし、よく言ったカズマ。金を稼ぐしか能のないエルロードごときに、我がベルゼルグが舐められて堪るか! アイリス様をここまでコケにするとは、あのガキ、ぶっ殺してやる!」
宿に帰った俺は、自室に籠もり落ち込んでいるアイリスには内緒で、ダクネス達に相談を持ちかけていた。
「私としてももちろん文句などありません。ええ、城攻めでも何でもお任せください。下っ端とはいえ私の仲間がバカにされたのです。ここで大人しくしている紅魔族ではありませんとも」
「何をするのか知らないけど、アイリスにはモンスターの素材を貰ったからね。怖い事しないのなら協力してあげてもいいわよ?」
そんな、いつになくやる気の二人とやる気があるのかよく分からない一人に向けて。
「あのクソガキめ、俺を舐めた事を後悔させてやるからな......!」
俺は以前から、万が一支援金を貰えなかった時のために考えていた計画を打ち明けた──
4
──朝になり、窓から陽が射してくる。
薄暗かった部屋の中を柔らかな日差しが照らし始めた。
そんな気持ち良さそうな夜明けの中、俺達の気分はどん底だ。
「ちょっとー出しなさいよ! 罪状を! 罪状を言いなさいよ! 不当逮捕よ!」
アクアが叫び、朝から格子をガンガンと叩いていた。
そう、俺達がいるのは牢の中。
完璧だと思っていた俺の計画はまさかの失敗。
今は全員が武装を解除され、警察の人の詰め所の牢に閉じ込められていた。
詰め所は建物自体は石造りだが、時期的に今は意外と暖かい。
牢は完全な石造りで、鉄格子がはめられた牢の中は、暴れる囚人を押さえておくための鎖、そして粗末なトイレがあるだけだ。
ダクネスがなぜか牢の中で頰を染め、微動だにせず正座しながら、ジッとその鎖を見つめているのが凄く気になる。
アクアの言葉に、牢の前で書類を書いていた看守がその表情を引きつらせた。
「ざ、罪状だと......? まさか抜け抜けとそんな事を言うとは思わなかったが......。お前ら、街の周りで深夜にあんな轟音を立てる大魔法を使っておいて、誰にも怒られないとでも思っているのか?」
めぐみんが牢の格子を両手で握り、
「私が住んでいる街では、『街の周囲の地形が変わるからもっと離れた所でやってね』との警告だけで済みましたよ。街の近くで魔法を放ったのはまだ一回目じゃないですか。随分とこの国の人は狭量ですね」
「バカッ! そりゃどちらかというと、お前の国の連中がおかしいんだ! 街の住人が戦争でも始まったのかと飛び起きたんだぞ!」
看守がそんな正論を放つ。
「もう少し時間が経ったなら、検察官が来る。言いわけはその方にしろ。まあ、深夜に魔法を使って住民を叩き起こした程度だからそこまで酷い罪状にはならない。罰金刑ぐらいで済むとは思うが、それまで騒がずに大人しくしていろ」
看守の言葉に俺達はそれ以上は何も言わず、大人しく牢の中で待っていた。
──昨夜、皆が寝静まった頃を見計らい、俺達は門番にも見つからない様、こっそりと街の外に出た。
最初は城の中がちょっとした騒ぎになってくれればそれでいいと思い、街から離れたところで騒ぎを起こしてくれと皆に頼んだ。
が、めぐみんが突然、小高い丘でもあれば、城まで音が届く様に爆裂魔法を撃つ事が可能です、慣れてますからなどと謎な事を言い出し、それを採用。
街の外から魔法を放ち、混乱の最中に俺が一人で城に潜入。
王子の寝室に侵入した後、枕元にナイフと手紙を置いていく。
手紙には、こう書くのだ。
『愚かなる人間よ、中立を宣言したぐらいで見逃してもらえると思うなよ? 忌ま忌ましいベルゼルグが滅んだ後は、お前の番だ!』
......と。
俺達魔王軍には中立なんて通用しないぜという雰囲気を出させ、こちら側に付かせるのだ。
もうすっかりお得意のマッチポンプともいう。
これで危機感を覚えて、俺達に協力してくれるかも......。
そう考えての行動だったのだが──
夜が明けて、建物の外に起き出した人のざわめきが聞こえ始める頃、その女性が現れた。
キッチリとした身なりの、いかにも切れ者ですと言わんばかりの整った顔立ちをした、赤毛でポニーテールの、目つきの鋭い女性だった。
俺はアクセルの街にいたセナという検察官を思い出す。
あの人もこんな感じで怖そうなイメージだったが、今も元気でやっているだろうか。
風の噂では、とある事件を解決し、王都の検察官として返り咲いたと聞いたのだが。
羽織っていた上着を壁にかけ、紅茶か何かを淹れ出したその女性は、牢の中の俺達を一瞥し、看守に無言で視線を送った。
こいつらは? と尋ねたいのだろう。
「深夜に街の外で爆裂魔法が使用されたため現場に急行したところ、アンデッドに集られて逃げ惑っていたこの者達を発見。そんな時間に街の外に出向き、わざわざアンデッド退治のために爆裂魔法を使用したとも思えず、こうして捕縛して参りました。報告書はそちらにあります」
看守がスラスラ答え、書類が置かれたテーブルを指差した。
牢の外は絨毯が敷かれ、テーブルと共にイスやソファーも置かれている。
ここが警察の犯罪者収容施設と言われてもピンと来ない。
俺の視線に気付いたのか、検察官が紅茶を一口飲んでから、
「ここはカジノで栄えるエルロード。元々凶悪な犯罪者が来る様な街ではありません。ここは、どちらかというと散財して宿に泊まるお金すらなくなった人や、酔った観光客が外で寝て、凍死しないための保護施設みたいなものなのですよ。......さて、では一人ずつ話を聞きましょうか」
そう言って、冷たい目を光らせた。
それは意図的なのか、取り調べは俺達がいる牢の目の前で堂々と行われた。
狭い別室などに連れて行かれるでもなく、絨毯の上のテーブル席で聴取を行う様だ。
聴取される人間の後ろに看守が立ち、変な動きをした際にはすぐに取り押さえられる様に佇んでいる。
一応今から一人ずつ話を聞くみたいなのだが、取り調べにおいて一人ずつ事情を聞くのは、何を聞かれたかの情報を共有させず、仲間同士で口裏を合わせたりしないためだと思っていたのだが。
そんな俺の疑問は、検察官が取り出した見慣れたアイテムにより解消された。
「では、色々とお聞きしましょうか。......ちなみに。これは誰かが噓をつくと音が鳴るという魔道具です。......なので、口裏を合わせようとしても無駄なのであしからず」
検察官は、言いながらテーブル上に小さなベルを置く。
そして指を組み合わせ、目の前の人物に向けて鋭い眼を向けた。
「......うむ、仮にもこの身はクルセイダー。私が信仰するエリス神の名において、この場において噓などつかないと宣誓しよう」
......そう、なんだか頰を火照らせて、期待に目をキラキラと輝かせたダクネスに。
検察官はそれに、よろしい、とだけ小さく呟き。
書類に目を向けたまま、改めて口を開いた。
「職業はクルセイダー。信仰はエリス教......と。では、まずはお名前を......」
「黙秘する」
ダクネスが、きっぱり告げた。
「......は?」
検察官が思わず顔を上げ、訝しげにダクネスを見ると。
「黙秘すると言ったのだ。この私の名を知りたくば、拷問でも尋問でもするが良い! だが、誇りあるダスティネス家の名に懸けて、簡単に口を割ったりはしない!」
「ダスティネスさんですね。......ええと、拷問だの尋問だのといった事はしませんよ。そんな前時代的な事しなくても、魔法で幾らでも真偽が調べられる世の中です。安心してください。......ダスティネス家。......あの有名なダスティネス家? ......まさかね......。しかし、ベルが鳴らないが......?」
検察官が訝しげにベルを見て、何かをブツブツと呟いている。
......これ、俺が一人で事情を説明した方が良いんじゃないだろうか。
これから予想される展開に、俺が検察官を気の毒に思っていると、
「ではダスティネスさん、あなた方はなぜ、あんな所で魔法を放ったのですか?」
「黙秘する。口を割りたければ力尽くで割らせるがいい」
ダクネスは頑なに聴取に応じるのを拒む。
なんて迷惑で面倒臭いヤツなのだろう。
「......黙秘する、という事は何かやましい事があると取られますよ? 先ほどは前時代的な手は使わないとは言いましたが、ここにだってそれなりの道具はあります。それを使う気はありませんがね。心配せずとも、それほど重い量刑にはなりませんよ。強がらず、素直に話した方が良いですよ。被疑者が何か重大な事を隠していると判断された場合には、拷問の行使は許されております。あまり軽率な事は......」
「望むところだ! むしろ一番キツイのをドンと来い!」
検察官の言葉を食い気味に、テーブルに身を乗り出して叫ぶダクネスに、検察官が若干身を下げて表情を引きつらせた。
そして、テーブルの上のベルを見る。
......もちろん鳴らない。
その、鳴らないベルを見て検察官は更に顔を引きつらせた。
「......その、もう結講です。......次の方!」
「──なんて事だ......。捕らえられての尋問や拷問など、私の人生においてこんなシチュエーションは二度とないだろうに。あっという間に終わってしまった......」
「お前、自分の性癖で人様にあまり迷惑をかけるなよ」
次に取り調べられるめぐみんと入れ替わりに、しょぼんとした表情のダクネスが牢内に帰ってくる。
若干疲れた様な表情の検察官が痛々しい。
めぐみんがイスに座ると、検察官は気を取り直した様に険しい表情を作り、テーブルの上に指を組み直した。
「......さて、あなたが魔法を放った人ですね。職業はアークウィザードでしょうか。では、まずお名前をお聞かせ願いましょうか」
「めぐみんと申します」
検察官が、指を組んだまま険しい表情を崩さずに。
「......今、なんと仰いましたか?」
「めぐみんと言いました」
めぐみんの言葉に、検察官がなんとなくベルを見る。
......もちろん鳴らない。
その行動を見てめぐみんが。
「おい、私の名について言いたい事があるのなら聞こうじゃないか」
「い、いえ! 申しわけありません、失礼しました」
その言葉にハッとして、慌てて気を取り直す検察官。
「では、なぜあんな物騒な魔法を深夜に放ったのか、お聞きしてもいいですか?」
「私は一日一爆裂というものを日課にしておりまして。アクセルの街にいた頃は、街中で花火代わりに放ったものです」
めぐみんのその一言に、検察官が固まった。
そしてやはりベルの方を窺うが、もちろん鳴らない。
質問の答えになっていないのだが、検察官にとっては一日一爆裂というものの方に興味を引かれた様だった。
「......一日一爆裂とやらを撃たないとあなたは一体どうなりますか?」
「考えたくもありません。場合によってはボンってなっても仕方がないと思われますが」
ボンってなるってのは何だろう。
検察官も同じ想いを抱いた様で、鳴らないベルを眺めながら小さくブツブツ呟いている。
というかそもそもなぜあのベルは鳴らないのだろう。
ひょっとして本当にボンってなるのか?
「それでは質問を変えましょうか。深夜に爆裂魔法を放つ行為。あなたはこれをどう思いますか? これは悪い行いだとは思いませんか?」
「思いません。なぜなら私の前世は破壊神に違いないからです。なので破壊活動は正しい事です」
わけのわからない事を言い出しためぐみんから目を逸らし、検察官がベルを見る。
もちろん鳴らない。
......あのベル、ひょっとして壊れてないか?
「なあアクア、今日のお前ってほれぼれするぐらいに美しいな」
「あれあれ、なーに、いきなり? カズマったらどうしちゃったの? こないだ私達がナンパされたもんだから、実は妬いてたり......」
チリーン。
アクアが何かを言う最中、突然テーブルの上のベルが鳴る。
「......聴取の邪魔はしないでください」
「すいません、ベルが壊れてるんじゃないかと気になったもんで。......おわっ! おい止めろ、なんだよ、褒めてやってなんで首絞められなきゃなんねーんだ! 大体お前、こないだベルが壊れてないかって俺と同じ事しやがっただろ!」
俺が、首を絞め付けてくるアクアを引き剝がす中、ベルが鳴った事にちょっと安堵した様子の検察官が、
「それではもう一度お尋ねします。なぜ夜中に爆裂魔法なんて撃ったのですか?」
めぐみんに、若干態度を軟化させながら尋ねた。
「それが私の生き様だからです」
その言葉に再び固まる検察官。
やはり視線はベルに向くが......。
「............ええと、次の方......」
鳴らないベルを見たまま疲れた様に肩を落とし、検察官がウンザリとしながら言った。
「──名前はアクアよ。あの三人のまとめ役みたいな、保護者みたいな役割をしているわ」
アクアの言葉に、牢の中の俺達三人はギョッとしてアクアを見る。
正確には、アクアの前に置かれている噓発見のベルの方を。
「アクアさん......と。水の女神様と同じ名前なんですね」
検察官はそんな事を言っているが、なぜかベルは鳴らなかった。
......あれっ。
「なあ、あの魔道具なんで鳴らないんだ?」
「本人が真実だと思い込んでいればそれは噓ではない。めぐみんがおかしな事を言った際にもベルは鳴らなかっただろう」
「おい、おかしな事とはなんの事なのか聞こうじゃないか」
ダクネスの言葉を信じるなら、あのアホは俺達の保護者役だと思い込んでるのか?
だとしたら一発引っぱたいてやりたいところだ。
「ではお聞きします。一体なぜ、あんな時間にあんなところにいたのですか?」
「私達の連れの、年中性欲を持て余しているカズマというあの男が、私達が目を離した隙に街の人達に夜這いを仕かけないかと心配して引き離したの」
あの野郎、さっきベルを鳴らすためについた噓の仕返しか。
というか、先ほどのまとめ役だの保護者だのといった発言は、ダクネスが言った様に、単に自分でそう信じ込んでいるのか、あいつの頭が平常運転でおかしな事になっているだけかと思っていたのだが......。
検察官が思わずベルに視線をやるが、今度もなぜかベルは鳴らない。
それを見て、検察官の俺を見る視線がちょっと軽蔑した様な物になる。
......ち、違うんです。
しかしあのベル、本格的にぶっ壊れたのか?
「ええと、では......。あなた方はなぜ、あんな深夜に爆裂魔法を......?」
「迫り来るモンスターの群れからこの街を守るため。そう、あの三人と共に、深夜にこっそりと、この私が街を守っていたのよ!」
とんでもない大噓を吐き始めたアクアだが、やはりベルは鳴らなかった。
それを見て、いよいよ弱り果てた様子の検察官が。
「......噓は......。言っていない様ですね。なんて事......。この街を守っていた、と......?」
検察官は、途端に申しわけなさそうな表情で、アクアに真摯な目を向ける。
姿勢を正して、そのままアクアに向き直ると。
「この街を代表して、お礼を言わせてください。アクアさんと申されましたか。職業は、アークプリーストでよろしいのでしょうか」
検察官のその言葉に、アクアが突然立ち上がった。
そして......!
「ふふっ、アークプリーストとは仮の姿! 何を隠そう、この私は正真正銘水の女神! そう。女神アクア、その人なのよっ!」
その言葉に俺達はおろか、検察官だけでなく看守までもがベルを見る。
......鳴らない。
それを見て検察官がため息を吐いて呟いた。
「なんだ、故障か......」
「なんでよーっ!」
暴れ出し、看守に取り押さえられたアクアが牢に再び押し込められた。
三人の聴取を終えた検察官は、チンチン鳴る魔道具を奥に持っていく様に看守に命じ、疲れた様に自分の目頭を揉んでいる。
......気の毒に。
俺はそんな検察官に同情しながら、戻って来たアクアに小さな声で疑問をぶつけた。
「おい、お前なんでベルが鳴らないわけ? 何か便利な魔法でもあるのか?」
その言葉にアクアは、
「あのベルは、人が噓を吐く際の邪な気を感知するの。私は女神様よ? 多少の噓なんて吐こうが邪な気なんて発生するわけがないでしょ? もし仮に発生しても、私の輝かしい聖なるオーラで即座に搔き消されちゃうわよ。あれに感知されようと思ったら、よほど心にも思っていないような、良心が痛む大噓でも吐かないとね」
そんな事を平然と言ってのけた。
たまにこいつは思い出した様に女神の能力を発揮するな。
それが良いか悪いかは置いておいて。
「......あれ? つまりよほど心にもない大噓なら反応するって事か? お前以前、屋敷の中で俺を褒めて鳴らしてたよな。それって要するに......」
「では、最後の方。......どうぞ」
その時の状況を思い出し、アクアを詰問しようと考えるも、俺は牢を出され、疲れきった声を出す、気の毒な検察官の下へと案内された。
「──失礼しました! まさか、あの有名なダスティネス家とシンフォニア家所縁の方々だとは知らず!」
俺の前にはすっかり態度の軟化した検察官。
ダクネスとクレアから預かっていたペンダント。
それを見せ付けて以降、検察官のお姉さんは平謝りを続けていた。
「まあまあ、俺達も夜中に爆裂魔法なんて放ってしまったのは間違いのない事実ですし。ですが......ね? なぜあの様な事をしたのかはこちらにも言えない理由があるんですよ。ほら、ウチの国とおたくの国は同盟国で友好国でしょう? 今回はお忍びで来ているので、あまり大事になるのは......」
「ええ、分かっています。分かっていますとも! 下手をすれば外交問題ですものね! 深い理由は聞きませんとも!」
さすがは貴族様の権力だ。
検察官すら黙らせるだとか、俺は素晴らしいアイテムを手に入れてしまった。
「それじゃあ、俺達はもう帰ってもいいですか?」
その言葉にホッとするかの様に検察官が笑顔を見せた。
検察官が、詰め所の入口までわざわざ俺達を見送ってくれる。
と、その時。
「あのー、先ほど故障していると言われたこの魔道具ですが、どこにも故障した跡が見られませんでしたよ? 一応、交換してもらう様にはしますが......。おーい、これ、交換してもらうから倉庫に入れといてくれー」
先ほどの看守が検察官に耳打ちし、別の看守を呼んでいた。
その言葉に、不思議そうに首を傾げる検察官。
しかし、まさかアクアが女神だとか言うわけにも......。
と、俺がそんな事を考えていると、検察官がこちらにチラリと視線を向けた。
「......一応お聞きしたいのですが。あちらの青髪の女性が先ほど言っていた言葉。あなたがその、性欲を持て余していて、彼女達が目を離すと街の人達に夜這いを仕かける、というのは......」
「噓ですから! あれ、もちろん全部噓ですから!」
俺の言葉を聞きながらも、検察官は俺からちょっと身を離す。
「そ、そうですか。何にしても、私は何も言いませんので......」
そんな、ちょっと俺から距離を置く検察官の言葉を聞いて、ダクネスがポンと俺の肩を叩いた。
「そ、その......。私達はお前の事をちゃんと信頼している。お前と二人きりで無防備な姿でいたとしても、何かしでかしたりする様な男ではないと。それで、いいじゃないか」
チリーン。
ダクネスの言葉に、建物の奥で何かが鳴った。
それを聞き、検察官が俺から一歩後ずさる。
「カズマがそんな事する人だなんて誰も思ってませんから。カズマがたき火の番をしている時は、ちょっと警戒するために眠りが浅いなんて、そんな事もありませんし」
チリーン。
......無言で検察官がまた一歩下がる。
そして、空気が読めないヤツが拳を握り......!
いやこいつは大丈夫だ、よほどやましい大噓をつかない限りは、邪な気は発生しないと......、
「私は、私は信じているから! カズマはちっともエロくなくて、ダクネスに夜這いなんて仕かけた事もなくて、本当はとっても優しい心を持つ潔癖な人だって信じてるから! 私がさっき言った事は、あれ全部噓だから!」
チリーン、チリーン、チリーン、チリーン──
「チンチンチンチンうるせーよ! そんな目で見てやがったのかクソッタレ! でも少し自覚もあるし反省もするから、もう言わないでくれごめんなさい!」
5
俺達が宿に戻ると涙目のアイリスが待ち構えていた。
「お兄様、よくご無事で! 皆さんが捕まったと聞いた時には、これはもう戦争覚悟で牢破りをするしかないと......」
「待て、落ち着け。大丈夫だ、俺達は特に不快な目にも遭ってないから!」
物騒な事を言い出した武闘派な王女様は、しばらくするとようやく落ち着きを取り戻した。
「それで、一体何があってお兄様達が捕まったのですか? 宿の従業員の方が一応お兄様が捕まった事を教えてくださったのですが、詳しい事情は聞かされていないもので......」
内緒で勝手にやらかしたわけだが、頭も勘も良いアイリスの事だ、黙っていてもその内突き止められそうだ。
俺達が経緯を説明すると、アイリスはその場に俯き動かなくなった。
それを見たダクネスが許しを乞う様にこわごわと手を伸ばす。
「ア、アイリス様......? その、カズマと共に勝手な行動を起こした事は謝ります。ですが、これもすべては良かれと思った事でして......」
「......けない......」
そんなダクネスに答える事なく、アイリスが何かを呟いた。
「......アイリス様?」
更なるダクネスの問いかけに。
「......情けない」
アイリスが、今度は俺達にも聞こえる様にポツリと言った。
それを聞いたダクネスは、日頃のバカな発言や行動を一体どこに置いてきたのか、アイリスの前に跪くと頭を下げた。
「申しわけありませんアイリス様、この度の失態は私の不徳の致すところ。どうか......」
と、ダクネスから紡がれた言葉を、アイリスはスッと手を出し遮ると。
「私は自分が情けないです。交渉ではほとんど何も出来ないまま、大半をお兄様に任せ......。そして、本来の仕事である追加の支援も断られ、部屋に籠って落ち込んでいました。私はまだ、何もしていないのにです」
いや、アイリスは十分やったよ。
というか、アイリスがあそこまで強くなかったらそもそも勝負事自体が成立しないよ。
俺のそんな内心をよそにアイリスは頭を振ると、
「私がメソメソと落ち込んでいる間、ララティーナやお兄様は体を張ってくれました。本来、それは私がやる事なのに」
いや、一国の王女様があんな事やっちゃダメだよ。
そんな無粋なツッコミは、今のアイリスにはとても言えない。
と、アイリスは立てかけてあった剣を取り、未だ跪いたままのダクネスに向き直った。
「ダスティネス・フォード・ララティーナ。これより城に参ります。私と共に来なさい」
「ア、アイリス様?」
突然フルネームで呼ばれたダクネスは、驚いた様に顔を上げる。
アイリスの顔を見たダクネスは頰を紅潮させ、まるで本物の騎士の様に深々と頭を下げた。
「そして、レヴィ王子に追加の支援金を要請します。そう......」
それは、俺が初めて会った時のアイリスではなく。
そして、俺が知っている、よく笑い、よく怒り、何にでも興味を示すアイリスでもなく。
「勇者の末裔として名を馳せた、ベルゼルグ一族の名において。たとえどんな手段を用いたとしても、必ず無理を通してみせます!」
「さすがはアイリス様! このララティーナ、何があってもお守りします!」
そこにいたのはまごう事なき勇者の末裔。
戦いの予感を前に青い瞳を闘志で爛々と輝かせた、武闘派王女が立っていた。
──城へと続く大通り。
そこを風を斬る様に堂々と行くアイリスに、道行く人々は自然と道を空けていく。
「おいカズマ、どうだ今日のアイリス様は! ああ、仕えるべき主のこれほど気高くも凛々しい姿が見られるなんて......。国を守る貴族として、これほど嬉しい事はない!」
アイリス大好き白スーツ、クレアみたいな事を言い出したダクネスが、アイリスの半歩後ろを歩きながらいつもとは違う様子ではあはあ言っている。
「確かに今日のアイリスはなんか格好良いが、お前のダメさ加減が相まって見事に相殺されてるからな。お前仮にもお供なんだからもうちょっとシャキッとしろよ」
俺のツッコミに悔しそうに唇を嚙むも、多少の自覚はあるのか緩んだ表情を締め直す。
そんなダクネスに、
「ていうかアイリスには何か考えがあるのか? どんな手段を用いても無理を通すって言ってたが、アレか? このまま押し入って宝物庫でも襲う気か?」
「バカを言うな無礼者! アイリス様がその様な事をするはずがあるか! ......手段を選ばないという事であれば、いくつか手がない事もない。というか、元はベルゼルグという国がまだ成り立ったばかりで金がない頃に、よく行っていた事なのだが......」
そんな手があるのならとっとと教えろよ。
そう言おうとした、その時だった。
「どうなさいましたかアイリス姫? 王子から、今後アイリス姫とその関係者は城に入れるなと申し受けておりますので、どうか」
「『エクステリオン』!」
アイリスは城の前に着くやいなや、こちらを止めようとする兵士を無視し、閉じられた城門に問答無用で斬撃を放つ。
強固なはずの城門はたった一撃で叩き斬られ、鈍く重い音を立てて崩れ落ちた。
「アイリス姫!? い、いきなり何を......!」
戸惑う兵士を更に無視し、アイリスがズカズカと進んでいく。
自分一人では止められないと知った門番が、胸元から笛を取り出すと。
「ピュイーッ!」
甲高い笛の音を城内へと響かせた。
──謁見の間へと続く道が、倒れた騎士や兵士達に埋め尽くされている。
剣の腹で打たれたそれらの者があちこちで呻き声を上げる中。
「ここここ、こんな事をして、ど、どうなるか分かっているんだろうな!?」
半泣きになった王子が、抜き身の剣を手にしたアイリスを前に、精一杯の虚勢を張っていた。
俺は隣のダクネスの耳にそっと口元を寄せると、
「なあ、この国に来る道中も言ったけど、俺達別にいらなくね?」
「う、うるさい、黙ってろ! 今いいところなのだから!」
本人も多少の自覚はあるのか、若干赤くなりながら言い返してきた。
俺の後ろにピッタリ付いて来ていたアクアもアイリスの暴れ具合にドン引きだ。
「ねえカズマ、私、そろそろゼル帝が心配になってきたから帰りたいんですけど。きっとあの子、私の顔が見られない事で今頃泣いてるに違いないわ」
「あいつなら三歩も歩けば忘れてるだろうから今さら心配しなくていいよ」
その場から逃げようとするアクアの羽衣をしっかり摑まえ繫ぎ止める。
と、俺がそんな事をやっている間に王子がヒートアップしてきた様だ。
「おい、聞いているのか田舎者が! こんな事をしでかした以上、我が国とお前の国は戦争だな! お前の国に支援している他の国々だって黙ってないぞ! これは重大な外交問題に......!」
「レヴィ王子」
それまで騒がしかった王子が、アイリスの一言で水を打った様に静かになる。
そんな王子の後ろでは、引きつった表情の宰相がジリジリと後ずさっていた。
「私はあなたと会談がしたかっただけです。手荒な真似をしたのは謝りますが、王子が常々仰る通り、私の国は野蛮なのです。不調法な田舎者のやる事ですから、どうか大目に見て頂けませんか?」
「なっ......、そんなバカな言い分が......!」
アイリスの放った言葉に怒りで我を忘れそうになった王子が激昂しかけたその瞬間。
「そんな言い分が通らないのなら」
アイリスとは違う静かな声が、俺の後ろから投げかけられた。
眼を紅く輝かせ、杖を掲げためぐみんは大きく一歩踏み出すと。
「我が爆裂魔法とアイリスの剣が、この国を滅ぼす事になる──」
「ななな、なんだと!?」
「めぐみんさん、余計な口を挟まないでください! 私にそんなつもりはありません!」
良いところでしゃしゃり出てきためぐみんを後ろに押し戻し、勢いを殺されてしまったアイリスが少しだけ頰を赤くした。
「では一体どんな要求をするつもりだ? どうせ追加の支援金の話だろうが、俺はたとえ脅されようとも......!」
追い詰められても王族なだけはあるのか、一歩も下がろうとはしない王子に、
「これは、元はベルゼルグという私の国がまだ成り立ったばかりでお金がない頃、王族がよく行っていた事なのですが......」
アイリスは、手にしていた抜き身の剣を謁見の間の床に突き刺すと。
「この国において、最も大きな被害を与え、最も強大なモンスターを教えてください」
真っ直ぐに見つめられ、戸惑いを見せる王子に向けて。
「このベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスが、必ずや退治してみせます」
そう言って、ニコリと微笑んだ。
1
ドラゴン。
それはこの世界の人間はおろか、存在するはずのない地球ですらその名を知らない者はいない、最もメジャーなモンスター。
いわば最強であり、最高であり、最恐の存在。
それを倒した者は英雄と呼ばれ、望むがままの報酬を得られる至高のモンスター。
俺達は今、そんな、モンスターの王様を。
「いやあああああああああああ! いやああああああああああああああああ! いやあああああああああああああああああああ!」
「いつまでもピーピーうるせーぞ! 今回ばかりは相手が相手なんだから、お前みたいなのでも必要なんだよ!」
そう、ドラゴンを倒しに向かっていた。
──それは、アイリスが格好良くモンスター退治を宣言した時に遡る。
「この国に最も大きな被害を与えているモンスターを退治する? 最も強大なモンスターを? バカを抜かせ! お前が強いのは知ってるが、無理に決まってるだろうが!」
こちらに唾を飛ばしながら激昂する王子に向けて、アイリスは首を傾げた。
「出来なければそれはそれで問題はないでしょう? 私が勝手にそのモンスターを倒しに行くだけです。たとえそれで命を落としても問題は起こらない様に致します。討伐に行く前にちゃんと書き置きを残しますので」
「そんな事を言ってるんじゃない! お前みたいなヤツでも、多少は会話をした以上死なれたら後味が悪いだろうが! 自殺なんてさせられるか!」
王子はアイリスの言葉を受けて、顔を真っ赤にして叫ぶ。
こいつはバカだが、どうやら本格的な悪人というわけでもないらしい。
「ふ、一体何をそんなに恐れるのですか。たしかにアイリス一人では強大なモンスターを相手にするのは難しいかもしれません。ですがここには、アクセル一の大魔法使いである私がいます。さあアイリス、この国を脅かすモンスターとやらを蹴散らしに行こうではありませんか!」
「この......っ! お前は相手を知らないからそんな事が言えるのだ! いいか、この国に甚大な被害を与え、よりにもよって金鉱山に住み着き、今も周囲の者を脅かしているモンスター。それは......」
「お待ちください」
めぐみんに言い返そうとした王子の言葉を、宰相が突然遮った。
「レヴィ様、ここは好きにやらせてみては? なにせ本人がやると言っているのです。それに、もし金鉱山に住み着いているアレをどうにか出来れば儲けもの。その辺の冒険者や騎士であれば下手な事をして刺激をするなと止めるところですが、アイリス様は勇者の血を引くベルゼルグ一族の者。となれば、やすやすと後れを取る事もありますまい」
何が面白いのか、宰相はこちらをニヤニヤと見ながら言ってくる。
それを聞いた王子はといえば、不機嫌さを隠そうともせずに。
「......勝手にしろ!」
そう言って顔を背けた──
「──ドラゴンを退治するだなんてバカじゃないの? ねえバカなの? 皆バカなの!?」
「いい加減に諦めろよ、これしか方法がないんだからさ。それにほら、俺達もそろそろドラゴンスレイヤーになってもいいんじゃないか? なにせ魔王の幹部や邪神とだって渡り合ってきたんだ、今更ドラゴンなんてむしろ格下みたいに思えないか?」
カジノや商業で儲けているこの国にとって、ドラゴンに乗っ取られた金鉱山は、わざわざ危険を冒してまで取り返す必要はない物なのかもしれない。
だが、俺達にとっては大切な資金源になる場所であり、挑むべき相手なのだ。
「大体お前はドラゴンの飼い主なんだろ? それが何を今さらそんなもんにビビってるんだよ。ゼル帝が大きくなったら育児放棄でもすんのかよ?」
「ウチの賢いゼル帝をそこらのドラゴンと並べないでちょうだい。あの子はとても頭がいいから人なんて襲わないわ。でもほら、野良ドラゴンって要するに、頭の悪いトカゲじゃない?」
コイツに頭が悪いと言われるドラゴンが気の毒なのだが。
確かドラゴンってのは、知能が高いものもいるんじゃなかったか?
「アクア様、皆さんは私がお守りしますので、どうかお願いいたします。相手がドラゴンともなると、さすがに支援魔法がないとキツイと思いますので......」
申しわけなさそうなアイリスに、さすがに年下の子供にお願いされてはこれ以上の駄々も捏ねられないのか、
「......まったく、しょうがないわね。それじゃあ協力してあげるから、もしあなたが大人になって、女王様にでもなったらアクシズ教を国教にしてちょうだい」
「そんなカオスな事誰が許すかよ! むしろアクシズ教団は滅ぼされないだけ有り難いと思え!」
俺とアクアがギャイギャイと言い争っていると、突然アイリスがクスクスと笑い出す。
そんなアイリスは、俺達の注目を浴びている事に気が付くと、慌てて手を振り、
「あ、違うんです! その、こういった冒険みたいな事には昔から憧れていたもので、今の私達は冒険者パーティーみたいで楽しいな、と......」
恥ずかしそうに俯くアイリスに、そういえばこの子は俺と体が入れ替わった時も冒険者になる事をむしろ喜んでいたなと思い出す。
そんなアイリスに、めぐみんがふふんと余裕ぶった態度を見せた。
「まったく、これは遊びではないのですよ? これだから箱入りのお姫様は認識が甘っちょろくていけません。......いいでしょう。ここはこの私が下っ端に、冒険者の心得というものを教えてあげます」
「はいっ、よろしくお願いいたします!」
仲の良い友達の様な二人の姿にダクネスが思わず微笑む中、めぐみんの講義が始まった。
「......ふむ、アイリス、これを見てください。木の枝が折れているでしょう? おそらくはこの先に、何らかのモンスターがいる可能性が高いです」
「いや、俺の敵感知スキルには何の反応もないから多分いないぞ」
俺が敵がいない事を教えてやると、めぐみんがチラリとこちらを見る。
やがて気を取り直したのか鉱山へと歩みを進め......。
「アイリス、こういった長時間の冒険の際に一番大切にしなければならない物は何か分かりますか? そう、水です。遭難したりした際に飲み物がなくなるのは一番避けなければなりません。なので、持っている水は出来る限り節約を......」
「水の事なら私達に任せてちょうだい! カズマさんも私もクリエイトウォーターが使えるから、安心してたくさん飲んでね!」
飲み物を口にしていたアイリスに注意していためぐみんを遮り、アクアが早速クリエイトウォーターで水を出す。
アイリスの水筒を一杯にすると、アクアは満足そうに歩き出した。
何か言いたそうな顔のめぐみんが、その後ろを付いて歩く中、やがて一際大きな一本の木が見えてきた。
「アイリス、これ! これを見てください、木に付けられた傷痕を! この痕には見覚えがあります。近くにキラービーの巣がある様ですね、出来るだけ音を立てない様にして......」
「ああ、皆俺に触れてくれ。潜伏スキルを発動させながら進もう。そうすりゃモンスターにも見つからないだろ」
「............」
めぐみんが口元をムニムニさせて俺に複雑そうな視線を向けた後、ぺたりと触れてきた。
──そのまま進むこと数時間。
「さて、強敵が控えている事ですし一度休憩を挟みましょうか。アイリス、野外での休憩時の注意点を教えてあげます。まず、生き物を呼び寄せる場合があるので、こういった凶暴なモンスターの生息地などで火を起こすのは......」
「カズマさんカズマさん、ティンダーちょうだい。美味しい紅茶が飲みたいの」
「こんなところに紅茶セットなんて持ってきたのか? しょうがないやつだな、俺にもくれよ。ほら、『ティンダー』」
アクアが持ってきた落ち葉や枝に、俺は着火魔法で火を付けた。
「うおおおおおおお!」
「わああああああーっ! ちょっとめぐみん何すんのよ、火が消えちゃったじゃないの!」
突如杖を振り回してたき火を消しためぐみんが、
「何すんのよじゃありませんよ! こんなところで火を焚いたらモンスターを呼ぶじゃないですか、さっきから私が講義しているのに二人ときたら......!」
そんな事を大声で叫んでいた、その時だった。
「敵感知に反応がある。おい、何か来るぞ!」
メキメキという嫌な音。
更には一斉に羽ばたく鳥達を見て、それがとてつもない存在である事を思い知る。
たき火をダメにされたアクアが叫ぶ。
「めぐみんが大きな声で騒ぐから!」
「私ですか!? ええ、この状況はどう見ても私が招いたんですよね、すいません! 謝りますが、何だかとても釈然としませんよ!」
まだ鉱山の前だというのに、これは運が良いのか悪いのか。
木々を踏みつぶし地響きを立てるその巨体は、なるほど、モンスターの王と言われるのも納得できる。
俺はもはやなりふり構わず声を上げる。
「出たぞおおおおおおお!」
金色のドラゴンが現れた。
2
ドラゴン。
光り物が大好きで宝を集める習性があるこの巨大生物は、倒せば名声と共に莫大な富が得られる事で有名だ。
こいつが金鉱山に住み着いたのも、金に釣られての事だろう。
ドラゴンは悪食で知られているため、金鉱石を齧りこんな体色になったのかもしれない。
「カズマ、当たりだ! こいつは黄金竜、数多の竜種の中でも最も買い取り単価が高いドラゴンだ! 肉を食べれば一気にレベルが跳ね上がり、その血は希少なポーションである、スキルアップポーションの材料にもなる。恐ろしく硬い角や鱗は最高品質の武具に変えられるなど、まさしく宝の山が現れた!」
突然現れたドラゴンに皆が怖気づいて固まる中、ただ一人ダクネスだけが大剣を構えて前に出た。
「アイリス様! ドラゴンは私が引き付けますので、その間に安全な位置から攻撃を! 私は攻撃が不得手ですので......!」
そう叫ぶと同時、囮になるスキル、デコイを発動させるダクネスは、日頃のポンコツ具合はどこにいったのかというぐらいに格好良かった。
こいつ、いつもこんな感じだったらいいのに。
「よしめぐみん、爆裂魔法の詠唱を始めろ! 出来れば貴重なドラゴンの体が木っ端みじんになる爆裂魔法は控えたいとこだが、アイリスがどうにも出来なきゃ迷わず放て! アクアはアイリスとダクネスに支援魔法を! 俺は離れたところから弓でも撃つから」
「わわわわ、分かりました......! なな、なに、ドドドドラゴンごとき、我が爆裂魔法の前では、たた、ただのトカゲと変わりなく......!」
「ちょっと手抜きニート、後ろから弓でチクチクしてないであんたも役に立ちなさいよ!」
ダクネスに血走らせた眼を向ける黄金竜は、巨体に似合わない素早さであっという間に距離を詰める。
逆境に弱いめぐみんが激しく動揺する間に、アクアが俺に文句を言いながらも防御力を跳ね上げる支援を放った。
俺だって何かお手伝いぐらいはしたいのだが、ドラゴン相手に出来る事なんてしれている。
硬い鱗には俺の攻撃なんて通じないだろうし、そもそも近くに寄っただけで死んでしまう。
「来るがいい、黄金竜! 盾の一族と呼ばれたダスティネスの力を見せてやる!」
迫る巨体を前に一切引く事もなく、支援魔法を受けたダクネスが淡く体を光らせて立ち塞がる。
そんな、おとぎ話に出てくるワンシーンみたいな光景を目にしながら、アクアから攻撃力を上昇させる支援を受けたアイリスが、随分と大人しい事に気が付いた。
ふとアイリスの方を見れば、聖剣を構えて目を閉じたまま僅かにも動かない。
と、俺はアイリスの周囲に漂う静電気みたいなパリパリと輝く光を見つけ、数多のアニメや漫画知識から一瞬で判断した。
ヤバいやつだ。
アイリスが使おうとしているのは、多分最強にヤバいやつだ。
俺、こういうの知ってる。
全身全霊を込めて最終決戦とかの最後の一撃にすんごいのを放つヤツだ。
「カロロロロロロ、クルルルルルル......ッ!」
まったく動じる事のないダクネスを警戒したのか、威嚇の声を上げすぐには攻撃に移らない黄金竜。
さすがは知能が高いと言われるドラゴンだが、この時だけは悪手だった。
それまで集中を続けていたアイリスが、閉じてた眼をカッと見開く。
辺りに漂っていた魔力の残滓が掲げていた剣に集結し、いつにも増して光を放つ。
俺が確認出来たのは、それに気付いた黄金竜が、アイリスを見て驚き怯んだ姿だけだった。
「『セイクリッド・エクスプロード』──!!」
アイリスの全身全霊の叫びと共に、金鉱山がまばゆい光に包まれた──!
──エルロードの街が沸く。
「ドラゴンが退治された! 金鉱山の黄金竜をベルゼルグの王女が討伐したぞー!」
エルロードに帰った俺達は、冒険者ギルドに顔を出し、そこでドラゴンを倒した事を報告した。
ドラゴンは魔力の塊。
角や鱗、牙はおろか、血の一滴に至るまでその全てが高級素材だ。
倒したドラゴンの死体を職員に回収してもらうため、ギルドに報告したらこの騒ぎだ。
ドラゴンの死体には相当な値が付けられるだろう。
だが俺達が欲している金は、その様な個人がどうこう出来る単位の額ではない。
ドラゴンスレイヤーだの英雄だのと沸きたつ街を後にしながら、俺達は王城へと足を向けた。
「話は既に聞いております! まさか、黄金竜を倒されるとは......!」
一時はアイリスの事を疎ましそうに見ていた門番が、俺達の姿を確認するや目を輝かせながら敬礼してきた。
見事な手の平返しだが、こういうのは嫌いじゃない。
「その、一体どの様な戦いだったのか、ほんのちょっとだけでも教えていただくわけには......」
おずおずと、申しわけなさそうに尋ねてくるその兵士に俺はドヤ顔で。
「一撃だったよ」
アイリスが仕留めたんだけども。
「一撃!? い、一撃......!」
驚愕に目を見開く兵士の前を素通りし、俺達は謁見の間へ足を向ける。
──黄金竜は、アイリスの必殺技を受けてものの見事に真っ二つにされた。
辺りが光に包まれたと思ったら、気が付けばなんか黄金竜が死んでたのでどういった技なのかは分からない。
ただ......。
「アイリス、あれで私に勝ったと思わないでくださいね! 我がエクスプロージョンでもあのドラゴンは間違いなく倒せたのですから! ただ、貴重なドラゴンが粉々になってはいけないと、あえて、あーえーてー、手柄を譲ったのですからね!」
美味しいところを持っていかれ、しかも強力な力を見せつけられためぐみんがさっきから鬱陶しかった。
「分かってます、分かってますともめぐみんさん。だからもう許してください」
「いいえ、許しませんとも! 何がセイクリッド・エクスプロージョンですか、爆裂魔法の上位版みたいな名前を勝手に付けたあの技は、今後二度と使わせませんよ!」
めぐみん的にはエクスプロードという技の名前も気に食わないらしい。
「いえ、セイクリッド・エクスプロードという名前の技なので、エクスプロージョンとは関係ないと言いますか......」
「爆裂魔法のパクリみたいな名前のクセに、関係ないとはどういう事ですか! あの強力な威力はエクスプロージョンと名前が似通っているからこそ生み出されたと思うのですがね!」
「めぐみんさん、いい加減面倒臭いです! 私の一族に代々伝わる必殺剣をパクリ呼ばわりしないでください! そもそもあれは、剣の名前に由来した必殺技で......!」
騒がしい二人をよそに、俺達が謁見の間に入ると、そこにいる王子の様子が今までとは違っていた──
「本当にやったのか!」
俺達からドラゴンとの戦闘の経緯を聞いた王子は、興奮で顔を真っ赤にしながら唾を飛ばして尋ねてくる。
「はい、これは証拠の黄金竜の角です。どうぞ」
そういって、アイリスが背負っていた黄金竜の角を見せると、謁見の間に居並ぶ皆がどよめいた。
当初は俺達を侮っていたり、田舎者としか見ていなかった連中が、よほどあのドラゴンに悩まされていたのか、それともドラゴンスレイヤーの名声はそれほどに大きいのか、皆が好意的な視線をアイリスに向けていた。
どうですか、凄いでしょう。
この子俺の妹なんですよ。
「輝く金色の角......。これはまさしく、金鉱山に住み着いた黄金竜の角......」
呆然と呟く王子の言葉に、謁見の間のざわめきが加速する。
と、その時だった。
「お待ちを」
興奮に包まれた空気に水を差したのは冷たい表情でこちらを見つめる宰相だった。
おい、まさかこの流れで難癖付ける気じゃないだろうな。
「さすがは勇者の血を引く王女。代々魔王軍に恐れられている一族なだけはあります。......おい!」
宰相が合図をすると、一人の兵士が大きな革袋を持ってくる。
......あれ、これって約束の追加の支援金じゃないよな?
俺達は何度も魔王軍幹部を倒したおかげで、袋の大きさで大体の中身が分かるまでになっている。
だが、これは大物賞金首を倒した報酬としてなら有りだが、一国の支援金としてはとてもほど遠いはずだ。
「......これは?」
アイリスも同じ感想を抱いたのか、おそるおそるとそれを受け取り困惑の表情を浮かべている。
「それは今回のドラゴン討伐依頼の報酬ですな。冒険者に依頼を出し、支払う場合よりも色を付けてあります。それを持っていくとよろしい」
「そ、そんな!」
宰相の言葉にその場にいた皆がざわめいた。
ここはアウェイだったはずだが、ざわめきの内容は何だか俺達に同情的な物に思える。
と、その時だった。
「ま、待てラグクラフト! それはさすがにどうかと思うのだが......。い、いや、分かっている。ここで追加の支援金などを支払えば色々マズい事は分かっている。それは理解しているのだが、ドラゴンスレイヤーの英雄にその程度の額というのも......」
アイリスを嫌っていたと思ったのだが、待ったをかけたのはまさかの王子だった。
あれほど毛嫌いしていたはずのアイリスに、先ほどから英雄を見る眼差しを向けている。
王子とて男の子だ。
ドラゴンスレイヤーは憧れであり崇拝の対象なのだろう。
だが。
「王子、あなたには既に何度も説明したはず。本来ならば防衛費の支援を止められれば良かったのですが、それが為らなかった以上、攻勢のための資金を支払わない事はこの国のためなのです。......アイリス様、あなた方の都合は承知しております。ですが、我々にもやむを得ない事情があるのです。どうかご理解くださいますよう」
宰相の言葉に王子が俯く。
......やむを得ない事情?
単にアイリスに嫌がらせをしていただけだと思っていたのだが違うのか?
しばらく俯いていた王子は、こちらを、いや、アイリスの様子をおそるおそる窺うと。
「その......。すまんな。こちらにも色々と金を出せない事情があるのだ。この通りだ、許してくれ」
王子は、これまでの傲慢な態度とは打って変わって深く頭を下げて謝ってきた。
こんな事をされると、俺はともかくとしてアイリスやダクネスはこれ以上強く言う事はできないだろう。
「そんなあ......」
案の定、アイリスはシュンと落ち込み沈んでいる。
よほどショックだったのか、無意識に俺の服を摑んだまま呆然として動かなくなった。
それを見た王子がさすがに悪いと思ったのか。
「その、なんだ......。そうだ、カジノは行ったか? 真面目そうなお前の事だ、我が国が誇るカジノにはまだ行っていないだろう? せめてカジノで気晴らしなどをするといい!」
そんな、あまり励ましとも思えない様な事を──
............。
「あの、王子。ちょっといいですかね?」
「む、何だ? 今はお前の妹を......」
場違いな事は承知の上で、俺は王子に声をかけた。
「いえ、カジノの話なんですがね。どうせなら派手に遊んで帰りたいなーって。こう、大金賭けられる一番大きいカジノのフリーパスとかもらえませんか?」
「......お前は、妹が落ち込んでいるというのに正気か? いや、カジノで気晴らしをしろと言ったのは俺だ、好きにすればいいと思うが。あのな、一応言っておくが、俺に対してやった様なイカサマは通じないからな? この国のカジノはそんなに甘くはないからな? この国はカジノで身を起こした国だ、止めるなどという事はしないが──」
王子が皆まで言う前に。
俺は口元に浮かんだ笑みを隠すため、慇懃に頭を下げた。
──城からの帰り道。
「......私、ダメでした。頑張ったつもりでしたが届きませんでした......。お兄様や皆が手伝ってくれたのに。国の皆にも約束したのに......」
俺達の最後尾をトボトボと歩くアイリスが、シュンとしたまま呟いた。
それを慰めようとしてか、ダクネスが何か声をかけようと──
「カズマカズマ。こんな時、お兄ちゃんとして何か出来る事はないのですか? 私の子分というか下っ端が、こうも落ち込んでいる姿を見るのはどうにも面白くないのですが」
こいつはこいつで俺を一体何だと思っているのだろう。
俺の周りの連中は、困った時には俺を頼ってくるクセをどうにかしていただきたい。
一連の流れをいまいち理解していないアクアが鼻歌を歌いながら先頭を歩く中。
俺は、一人トボトボと付いてくるアイリスに振り向いた。
「おい、アイリス」
その呼びかけに、アイリスがビクリとして身を縮こませる。
上手くいかなかったから怒られるとでも思ったのか、キュッと拳を握って項垂れてる、そのアイリスに。
「アイリスはよく頑張ったよ。うん、ドラゴンスレイヤーだもんな。間違いなく英雄だし、これ以上ないぐらいに頑張った。これだけの成果を挙げたんだ、誰にも文句は言わせない」
それを聞いたダクネスが、よく言ったといわんばかりに何度も頷き。
「その通りですアイリス様! カズマの言う通り、アイリス様は頑張りましたとも! 城に帰ったらこのララティーナが、いかにアイリス様が奮闘したかを......!」
「だから、アイリス」
アイリスを励まそうと声をかけていたダクネスを遮ると。
俺はアイリスの頭にポンと手を載せ、
「後はお兄ちゃんに任せとけ」
そう言って、笑いかけた──
「ねえめぐみん、ナデポとニコポよ。この男ときたら、頭を撫でて笑いかけただけで女の子を惚れさせる、伝説のスキルを使おうとしたわ」
確かにちょっとだけ狙ったが、こんな時ぐらいは空気読んで欲しい。
3
後はお兄ちゃんに任せとけ。
アイリスにそう告げた俺は、更に続けてこう言った。
俺にいい考えがある、と。
「お前というヤツは......。あれだけ格好付けておいて、散々期待させてこれか!」
答えは至ってシンプルだ。
そう、カジノである。
持って生まれた俺の運で、ギャンブルをして金を増やす。
そんな、作戦ともいえない不確かな物に託す事にダクネスが激昂しているが、他に手がないのだから仕方がない。
「そうは言うがなダクネス、これってかなりの勝率だと思うんだよ」
「どこがだ! 金が必要な時にギャンブルで増やすというのは一番ダメな発想だろうが! アイリス様申しわけありません、この男を信じた私がバカでした......」
失礼な事を言うダクネスに、だがアイリスは頭を振ると。
「いいえ、ララティーナ。これは私も良い考えだと思います」
「ア、アイリス様!?」
予想外の答えに、ダクネスが落ち着きを無くして戸惑った。
「アイリス様、どうか考え直してください。あなたが命懸けで得たドラゴンの賞金と売却利益。そして、エルロードからの追加資金。確かに十分ではないでしょう。ですが、当初の無理難題な状態に比べれば......!」
アイリスの功績を強調し、考えを改めさせようとするダクネス。
アイリスはそんなダクネスの手を優しく取ると、
「ララティーナ。アクシズ教のアークプリースト、アクア様が以前こう仰っておりました。『どうせダメならやってみなさい。失敗したなら逃げればいい』と」
「アイリス様、それはダメな考えです! アクシズ教の色に染まってはいけません!」
食い下がるダクネスの肩を摑み押しのけると。
「アイリスはこんな風に頭が固い女になるんじゃないぞ。さあ、ここはカジノだ。カジノってのは楽しむ場所だ」
「貴様、頭が固い女とはどういう事だ!」
なおも食ってかかるダクネスの言葉を聞き流し、アイリスから渡された支援金を受け取ると、その額にドン引きするカジノの支配人から大量のチップを受け取った。
まずはこのやかましいダクネスを黙らせる必要がある。
大丈夫、なんせ俺は本物の幸運の女神様と友達なのだ。
ルーレットの台の前に座った俺は、大量のチップの内三分の一ほどを両手で掬う。
それを見た周囲の人々とダクネスが、ギョッとした表情を浮かべる中、アイリスだけは真剣な顔で勝負の行方を見守っていた。
そんな妹を安心させるため、そして、もしかしたら今も見守ってくれているかもしれない、意外と勝負好きな陽気なお頭の顔を思い出しながら。
「アイリス、もう一度言うが勝負事は楽しむもんだ。そして、こんな時にはこう言うんだ。これは俺より運がいい友達の口癖でな」
俺は手に持っていたチップを赤に賭けて。
ほんの少しでいいので意外とイタズラ好きなあの女神様が力を貸してくれるよう、天まで届けと声高に。
「いってみよう!」
──カジノ中の全ての客がルーレット台の周囲に集まり、大きな人だかりを作っていた。
「あはははははは、勝ったわ! また勝ったわよ! もうカズマさんたらすんごい豪運なんだから! 私、カジノの中限定って条件ならカズマさんに一生付いてくわ!」
「おい、俺が賭けたとこに乗っかるのは止めてくれよ。ツキが逃げたらどうすんだ」
大勝ちである。
ルーレットに弾を投げ入れるディーラーが完全に涙目になっているが、ここで止めてやる理由もない。
俺は、すっかり大人しくなり、やたらと従順になったダクネスに、
「おい、追加のコーヒーを持って来い」
「は、はい、ただいま!」
先ほどから、気付け代わりのコーヒーをせっせと運ばせ集中していた。
ダクネスは、俺が最初の一投目を当てた時は深く息を吐いて安心していた。
二投目を当てた辺りではホッと小さく息を吐き、苦笑していた。
「持ってきた! いや、きました! コーヒーをどうぞ!」
「ご苦労」
三投目を当てた時は、おお......と小さく漏らしていた。
そして、四投目、五投目を当てた辺りでオロオロと挙動不審になり。
「あの、お客様......」
七投目、八投目までもが当たった辺りで、今まさに目の前のディーラーが俺に向けている様な畏敬の視線を浴びせてきた。
「ん? どうした? これ以上の勝負は無理だという事なら聞けないぞ。だってあんた達は、客が大負けしている時ならこれ以上の勝負は受けられませんなんて言わないだろ?」
俺はバケツの中に詰められたカチ盛りのチップをズイと出すと。
「そろそろデカい勝負に挑もうか。確か、色だけじゃなく番号も当てると倍率が凄いんだよな」
「お客様! どど、どうか、これ以上の勝負は......!」
先ほどからテーブルを遠巻きに見守っていた支配人とおぼしき男が、顔を青ざめさせて駆け寄ってきた。
これが個人経営のカジノなら多少は気も引けるのだが、ここはあいにく国営のカジノ。
たとえいくら毟り取ったとしても、あの王子と宰相が泣くだけで問題はない。
俺はダクネスが持ってきてくれたコーヒーをこれみよがしに目の前で啜ると、胸元から二つのペンダントを取り出した。
「おい、これが一体何だか分かるか?」
「......? ......そ、それはっ!? 隣国の大貴族、ダスティネス家にシンフォニア家の紋章!?」
それが何かを理解した支配人は、さらに顔色を青ざめさせた。
「そう、その大貴族様が俺の後ろに控えている。この意味が分かるか? これ以上勝負させないだなんて言い出せば、もれなく外交問題になるぞ」
「ぐうっ......!」
支配人は歯ぎしりすると、こちらを睨みつけながら離れていく。
ふ、勝ったな。
「凄いですお兄様! 運が良いとは聞いてましたが、これほどまでとは思いませんでした! これだけの運があるのなら、冒険者などやらずにカジノで財を築けば良かったのでは?」
先ほどから興奮した面持ちのアイリスが、両手を握り締めて言ってくる。
カジノでギャンブラーとして生きていく。
その考えはなかったわけではないのだが、俺の様な巻き込まれ体質の貧弱冒険者がカジノで大勝ちなんてすれば、間違いなく命を狙われる。
そしてこういったものはたまにやるから上手くいくのだ。
欲を出してずっと続けると大概ロクな事にならないもの。
今これが出来るのは王女と大貴族二人の後ろ盾があり、魔王軍と戦うための資金を得るという大義名分があるからだ。
さもなくば、エリス様がこれを見ていたならもれなくちょっかいかけてくると思う。
「いいや、俺はギャンブラーをやりたいわけじゃない。そう、魔王を倒すため、冒険者をやりたいんだ」
言いながらフッと格好付ける俺に、アイリスがキラキラした尊敬の眼差しを向けてくる。
俺が黒の6番にチップの詰まったバケツを置くと、周囲の野次馬がどよめいた。
「さあ、勝負しようか!」
俺の強気の姿勢に気圧されたディーラーが脂汗を流しボールを手に取り......!
「私もここに置くわね!」
「あっ」
俺が止める間もなくアクアが同じところにチップを置いた。
それと同時にボールが投げられ、シュルシュルとルーレットを回り出す。
「おまっ! 乗っかってくんなって言っただろ、これは遊びじゃないんだぞ!」
「なんで私が賭けちゃいけないのよケチンボニート! 最近負け続きだったんだからちょっとぐらい取り返しても......」
俺がアクアを叱っていると、ボールが緩やかに速度を落とし......。
「赤の5番です」
「ほらあああああああああ!」
「わああああああーっ! 私のお小遣いが全部無くなったー!」
俺はダクネスを呼び寄せるとアクアを連れていく様に指示をする。
「ねえダクネスお願い! ここで稼がないとゼル帝のお土産が買えないの! 勝ったら返すからお金貸して!」
「土産なら私が買ってやるからこっちへ来い! 我が国の未来が懸かってるのだぞ!」
ズルズルと引きずられるアクアを見送り俺は気を取り直す。
厄病神が席を外した事で再び流れがくるだろう。
「カズマカズマ、負けた分を取り返すためにドカンとでっかく賭けましょう! 残りのチップを全部賭けるのです!」
「賭けねーよ、俺はお前と違って慎重派なんだ! あっ、勝手にチップを載せようとすんな! ダクネス、こいつも連れていけ!」
アクアに続いてめぐみんがダクネスに連れていかれる中、俺は黒の8番にベットした。
「勝負!」
──その日の夜。
「カズマさんカズマさん。今日はとっても格好良かったわ。あのね、私ね、ずっと前からあなたに言いたかったんだけど......」
「どんなに褒めても小遣いはやらないからな。お前に金渡すと俺が賭けたところに乗っかってくるんだから。......おっ、来た来た」
大勝ちした俺達が宿に向かって帰っていると、案の定というべきか。
「おいあんた。ちょっとそこまで顔を貸してくれないか?」
覆面を被った男達が俺の前に立ち塞がった。
そんな男達を見たアイリスが、俺に尊敬の眼差しを向けてくる。
「お兄様凄いです、ここまで予想するだなんて!」
「な? 俺の言った通りだろ、必ず待ち伏せてるって。こいつらカジノの雇われ人だぞ」
と、それを聞いた男達が慌てた様に首を振り。
「ち、違う! 俺達はお前が大金を得たと聞いた強盗だ! 大人しく稼いだ金を置いていくならよし、さもなきゃ痛い目に遭ってもらう。なに、命までは......」
何かを言いかけている男を無視し、俺はバインド用のワイヤーを手に取ると。
「よしお前ら、こいつらを捕まえて噓吐くとチンチン鳴る魔道具で裏を取るぞ! もし国やカジノがこいつらのバックにいれば、それを大事にして支援金を強請れるからな!」
その言葉に、目の前の男達だけでなく、なぜか俺の仲間達までもがギョッとした。
「カ、カズマお前、だから宿への帰りは暗い路地を通ろうと言っていたのか? ああ、だからアクアに支援魔法をかけさせたり、カジノに行くだけなのに完全武装までして......」
ダクネスが呟いた一言に、男達が後ずさり、ヒソヒソと囁き出す。
「おい、マズいんじゃないのか? なんだかこっちがハメられたみたいだが」
「というか、あそこにいるのは紅魔族じゃないのか? しかも金髪碧眼が二人もいる。それってつまり......」
「おい、貴族がいるのか! 貴族は強い連中が多いぞ!」
おっと、これはいけない。
「何だか逃げそうな雰囲気だな。あいつらは宝の山だ、逃がすなよ! 手加減は必要ないぞ、もしもの時はアクアのリザレクションがあるからな!」
俺はそう叫んで男達の方へと......!
「逃げろ! あいつはヤバい、リザレクションがあるとか言ってやがる! やる気だ、マジでやる気だ!」
「絶対に捕まるな、走れ走れ!」
「待ってくれ、置いてかないでくれ!」
やはり雇われだったのか、男達は一目散に慌てて逃げ出し、
「......ねえカズマ、さすがにリザレクション云々はちょっと引いたんですけど」
「いや違うんだよ、ああ言っておけば相手が怯むかなって思って! ほんとだって、俺にそんな度胸があるわけが......、何だよ、皆そんな目で見るなよ、本当だって!」
ポツンと取り残された俺は、必死に言い繕った。
4
それからというもの、俺達は毎日の様にカジノへと通い続けた。
「来たぞーっ!」
俺を見るや否や支配人が顔を青ざめさせる。
──最初の内は、ここまで大勝が続くとは思わなかったのだろう。
俺がカジノに顔を出す度、支配人は忌ま忌ましそうに顔をしかめる程度で遠巻きに見ているだけだった。
だが、日に日に俺が持ち帰る額が増えていくのを見ている内に、これがシャレになっていない事に気付いたのだろう。
「お客様? その、お客様はお強いのでこれ以上通われますと当店が潰れてしまいます。いくばくかの礼金をお渡ししますので、どうか......」
「ここって国営カジノだろ? なら潰れるわけないじゃん。赤字が出ても大丈夫、それにそもそも、この国の王子に言われた事なんだよ、カジノで気晴らししてこいって。ほらこれ。王子にもらったVIP用の特別なカード」
「お、王子が!? そ、そんな、まさか......」
愕然とする支配人をよそに、俺は今日もまた、豪快にベットした。
──それからまた数日が経ち。
いよいよ賭け金が雪だるま式に増え、追加の支援金を得る事が現実的に思えてきた頃。
「おおお、お客様。その、実はですね。明日からしばらくカジノはお休みしようかと思っているのです。それで、ですね。お客様は常連である様なので、それをお伝えしようと思いまして......」
「おっ、そうか。まあ俺達は目標額を稼ぐまでは何年でも居座るつもりだから気長に待つよ。でもそんなに長い間カジノを閉めてたら、この国の収入は大丈夫なのか?」
「な、何年でも......」
俺達を諦めさせようと休業を知らせてきたり。
「──お客様、お願いです! どうか! どうかこれ以上は! 上からも毎日叱責されているんです、お願いですので許してください!」
「へーきへーき、だって王子が良いって言ったんだし。文句は王子に言ってくるといいよ」
と、とうとう支配人が泣きついてきた頃。
その日も朝からカジノへ行こうとしていた俺達の下に、城からの使者がやってきた。
──使者に連れられ城へと向かった俺達は、すぐさま謁見の間に通される。
「頼むからもう帰ってくれないか」
俺達と顔を合わせた王子は、開口一番に頭を下げながら言ってきた。
この短い間に、なんだか酷くやつれた印象があるのは気のせいだろうか。
「おいおい、お前がアイリスに言ったんだろうが、カジノで気晴らしをしてこいって。俺達は気晴らしをしているだけ。気が晴れたらその内帰るよ」
「待ってくれ、これ以上毟られるとシャレにならんのだ! これでは我が国が追加の支援金を出していると受け取られるのだ!」
そんな事を言われても。
「カジノ大国を名乗っておきながら、カジノで大勝した客は帰らせる。これってどうなんですかねえ? 俺達はおたくのカジノで遊んでるだけ。それが何か問題ですか?」
「ぐ......。それは。我が国にも、とある事情が......」
この間から言っていたヤツか。
だがそんな事、もちろん俺達には関係ないと考えていると。
「その、とある事情というのは何なのですか? どうしても私達には教えられない事なのですか?」
と、アイリスがスッと前に出て王子に尋ねた。
一瞬どうしたものかという戸惑いの表情を浮かべた王子は申しわけなさそうに。
「いや、こればかりは......」
だが、そこまで言いかけた王子の言葉を遮り。
「我が国は、魔王軍と取り引きをしているのです」
いきなりとんでもない事をぶっちゃけた宰相は、平然とした顔でこちらを見回す。
この場にいる連中は誰もがこの事を知っていたのか、動揺しているそぶりはない。
「ラグクラフト、お前......!」
慌てる王子に手を上げて言葉を止めさせると、宰相はなおも続けて言った。
「我が国は、魔王軍との和平交渉を進めております。魔王軍がもし貴国に勝利したとしても、この国には関わらない事。その条件として、魔王軍と交戦中のベルゼルグにはこれ以上の支援を行わない事を約束しています」
淡々と告げる宰相に、ダクネスがカッと牙を剝いた。
「貴様、魔王軍なぞの言葉を信用するのか! 人として恥ずかしいとは思わないのか!」
いつになく怒りを露わにするダクネスに、
「ですが、ベルゼルグが魔王軍を攻めあぐねているのもまた事実。魔王軍と貴国は膠着状態に陥っており、どちらが勝つかは分からない状況。そこに、中立を保ってくれれば関与しないと言われれば、一国を預かる者として無下にするわけにもいきますまい」
宰相は、形だけは申しわけなさそうに眉をひそめた。
まあ俺だって魔王なんぞと関わりたくないし、その気持ちは分からんでもない。
分からんでもないが、今の俺はアイリスの兄としてここに来ている。
俺はどうやって丸め込もうかと頭を悩ませていると、ダクネスが声高に。
「魔王を信用するなどと......! いいか? 魔王というのはな、女と見ればそれが子供であっても攫い、弄ぶのが趣味のとんでもない存在なのだぞ。姫を攫い女騎士を攫い、変態的な凌辱の限りを尽くす。それが魔王だ!」
「し、失礼な事を言うな! いや違う、一体どこから出てきたのですかその話は。実は、この交渉は私がまとめてきたのですが、話した感じでは魔王様はとても気さくな方で、信用のおける魔族でしたが......」
信用のおける魔族というのも変な話だが、宰相は魔王について熱く語る。
だが。
「どこから出てきたと言われても、この話は結構有名なのだが......。他にも、魔王はロリコン、魔王はアブノーマルプレイを好む大陸一の変態、魔王はホモなど、実に様々な噂を耳にしていて......」
「一体どこの誰がそんな根も葉もない噂を!」
なぜか激昂する宰相に、こちらもなぜかドヤ顔のアクアが宣言した。
「それは私達アクシズ教団の流した噂ね! 私が思い浮かべた魔王像をうちの子達が勝手に広めて回ってるの」
「なあ、魔王軍が攻めてきてるのって結構本気でお前らのせいじゃないんだろうな?」
アクシズ教徒の仕業と聞いて、宰相が頭を抱えてうずくまった。
自分が信用を置いている相手がぼろくそに言われれば、それは宰相の目が節穴という事にもなる。
交渉相手の魔王を庇いたい気持ちは分からんでもないのだが......。
と、その時だった。
「あの、レヴィ王子? なんとなく事情は分かりました。魔王軍からは、ベルゼルグが滅んだ後はエルロードを攻撃する、それが嫌なら手を組め、と言われているんですね? それで、王子なりに考えて、生き残るためにそう決めたのなら私は何も言いません」
相変わらず弱気でワガママが言えない強くて優しい王女様は、相手を傷付けまいとするかの様にはにかむと、
「だから安心してください。今後もお互いの国の関係が悪くならない様、お父様に取り成します。......私は人を見る目だけは長けてるんですよ? 王子が、本当は私の事を嫌っていない事を、最初に会った時からなんとなく分かってました。うぬぼれじゃないですよ? なんとなく分かるんです」
それを聞いて顔を俯かせた王子に向けて。
「ベルゼルグの王族は強いんです。たとえ支援がなくても魔王軍にだって負けません。だから......」
傷ついた子供を慰め様とする優しい声で。
「そんなに辛そうな顔をしないでください」
そう言って、無邪気に笑った。
「......俺は世間ではバカ王子と呼ばれているらしい」
謁見の間の王座に腰かけていた王子が言った。
いきなりなんの事を言うのかと思いきや、王子はふと顔を上げ。
「政治にも関心を示さず、ギャンブルにばかり明け暮れているからだそうだ」
ポカンとしているアイリスに、王子はようやく年相応の子供の顔で、ニカッと笑い。
「俺ともう一度ギャンブルで勝負をしないか? 今度はイカサマは抜きでな。その上で、この俺に勝つ事が出来たなら......。俺は、ベルゼルグが魔王を倒す方にベットしよう!」
「お、王子!?」
宰相が悲痛な声を上げる中、王子は俺に見せ付ける様にコインを取り出し、それを後ろ手に回し隠してみせた。
そして、握った拳を突き出すと。
「──さあ、コインはどっちにある?」
5
その日の夜。
眠るには早く、何かをするには遅い、そんな時刻。
あの後の勝負の結果はもはや言うまでもないだろう。
一人宰相が騒いでいたが、王子の取り巻き達は意外と満足そうな表情を見せていた。
なんだかんだ言いながら、自分達が仕える相手がそれなりの決断を下した事が嬉しかったのだろう。
案外これからは、バカ王子と呼ばれる事もなくなるのかもしれない。
──結局、魔王軍と戦うための防衛費の支援金はこれまで通り。
更には、近々魔王軍に攻勢を仕かけるための莫大な支援金も貰える事になった。
その上、アイリスにドラゴンスレイヤーの称号まで付いたのだから、今回の顔合わせは最高の結果になったわけだ。
......だが、一つだけ気になる事がある。
あの王子が、意外とアイリスを気に入っている事だ。
そもそもアイリスの国と距離を置くために初対面の時からあんな態度を取っていたわけで、支援金の話がまとまった後、あらためて行われた盛大な歓待の宴では、結構仲が良さげな感じだった。
そう、最初の様な状態ではなく、二人の仲が改善されているのだ。
俺は当初の予定を思い出す。
そもそも俺がここに付いてきたのは、どこぞの馬の骨にアイリスを渡さない為だ。
幸いにしてここに来た当初は王子の方が避けていたから安心しきっていたが、今になって自分の使命を思い出した。
「一体どうしてくれようか。アイリスの目の前であの小僧にスティールをかけて下半身丸裸にしてやるか? ......いや、アイリスに変な物を見せては教育に悪い、だが相手は一応アレでも王子だ、あまり手荒な真似をするわけにも......」
と、今日は泊まっていくとよいでしょうと言い出した宰相の勧めに従い、あてがわれた部屋のベッドでだらしなく寝そべりながらうんうんと唸っていた、その時だった。
ドアが小さく叩かれると、外から声がかけられた。
「カズマ、いますか? ちょっと話があるのですが、よろしいでしょうか?」
外から聞こえてきたのはめぐみんの声。
まだ寝るつもりもなかったため、鍵をかけていなかったドアに向け、
「開いてるよー」
俺は一声呼びかけた。
「すいません、こんな時間に......」
入ってきためぐみんは、ほんのりと顔を赤らめながらぼそりと呟く。
一体何の用件だろうか。
アイリスの事に関してのお礼か何かか?
そうだ、こいつアイリスとなんかコソコソやってるみたいなんだよな。
ちょうどいいしその辺を尋ねてみようか。
......と、俺がそう思っていた時だった。
「あの、隣に行ってもいいですか?」
めぐみんはそう言うと、返事を待たずに俺の隣に腰かけてくる。
なんなのこいつ、今日はやけに距離が近いが。
......と、そこで俺はハッと気が付いた。
そう、以前の事を思い出したのだ。
俺は以前、めぐみんに何て言った?
確か俺はこう言ったのだ。
『お前があのお姉さんへの負い目を感じなくなって、純粋に俺とそういう事をしたくなったら、俺にはちっとも断る理由はないんだけどな』と。
それに対してめぐみんは、確かこんな感じの事を言ったのだ。
『そうですか。それじゃあその時が来たら、また部屋に遊びに来ますね』と。
一気に心拍数が上がった俺は、出来るだけ落ち着いている風を装うと。
「ど、どうぞ。今夜は一体どういう風の吹き回しだ? 寝られないからゲームの相手でもしてほしいのか? それならアイリスの方が実力が近いんだし、そっちの方が」
そんな俺の言葉を遮り、めぐみんはズイと顔を寄せてきた。
もしかすると興奮のためなのか、めぐみんの目は紅く輝いていて、冗談など通じない真剣な雰囲気を感じさせる。
俺が思わず唾を吞み込むと。
「今夜は私と一緒に寝て欲しいんです。その、ダメ......です......か......?」
小さな声で囁きながら、手だけはキュッと俺の手を握り、恥ずかしそうに顔を背けた。
とうとうこの日がやってきた。
お預けもなくついに俺が勝利する日が。
だが落ち着け、ここはまず鍵をかけ、誰も来られない様にしてからだ。
その後は焦らずがっつかず、年上の男としてリードするべきだ。
俺はめぐみんの両肩を摑んで一旦離し、ドアに鍵をかけようと......、
「あの、カズマ? 私はその、ダクネスほど大きくもありませんし、やっぱりダメ......ですか?」
「そんな事はない、俺は大きいのも小さいのも平等に愛せる男だ。そんな小さな男だと見損なわないでもらおうか」
思わず食い気味に答える俺に、めぐみんがほんの少しだけ身を引いた。
「そそ、そうですか。それでは......。あの、恥ずかしいので、少しだけ目をつぶってはもらえませんか?」
「断る」
「こ、断られると困るのですが......。部屋も明るいままですし、お願いなのでほんの少しだけ......」
即答する俺に戸惑うめぐみん。
仕方ない、ここは大人しく目を閉じておこう。
でも鍵ぐらいはかけたいんだけど。
でないと、また空気を読まないヤツが部屋に乱入してきたり......。
俺がそんな心配をしながら、しかし期待を込めて目を閉じた瞬間。
──俺の意識はそこで途絶えた。
「......んな......。だが、お前は......」
「......いやダク......俺は......お前が......」
何かを言い合う二人の男女。
俺はそんな声を聞きながら、ぼやけた頭で一体何が起こったのかを......。
「ッ!?」
意識が覚醒した俺は、口元にさるぐつわがされているのに気が付いた。
それだけではない、手にはしっかりと手錠がハメられ、その上さらに身動きが取れない様、ロープで全身を縛られている。
暴れようにもこの状態ではどうしようもなく、暗い中で暗視スキルを使い目を凝らしてみると、ここはクローゼットの中ではないかとあたりを付けた。
......またこんなんかよおおおおおおおおおおおおお!
俺が狭い場所で悶えていると、再び声が聞こえてきた。
「しし、しかしカズマ、私とお前とは身分の差というものがあり、そう簡単な話では......。いや、もちろんお前の事を嫌っているとかそういうわけではないのだが! だが、まだこういうのは早いというか、何というか......」
それはダクネスの声だった。
コイツはまた何を言っているんだと思ったその瞬間。
クローゼットの外から更に聞こえてきたその声に、俺は思わずギョッとする。
「身分の差が何だと言うんだ、俺は身分を捨ててダクネスだけを愛すると誓う。だから頼む。このまま俺と......!」
それは俺の声だった。
「身分を捨てて? 平民のお前に一体何の身分があると言うのだ」
「えっ? あれっ?」
ダクネスの疑問に対し、すっとぼけた返事をするその声は、確かに聞き慣れた俺の声。
「というか、先ほどから少し様子が変だな。具体的には、部屋に私と二人きりのくせして嫌に落ち着き払っているとこが気に食わん」
あの女、今すぐ飛び出して張り倒してやりたい。
自信過剰にもほどがある、俺だっていつまでもヘタレのままじゃあ......。
......うん、多少は余裕も出てきたはずだが......。
「い、いや、ダクネスと二人きりという事でもちろん緊張はしてるよ? それよりほら、俺の目を......」
再び聞こえる俺の声。
だがその言葉を言い終える前にダクネスが、
「......おい、先ほどから私の胸に視線がいかないのだがどういう事だ? この状況下でその澄んだ瞳......。貴様、本物のカズマではないな!」
「くっ!」
クローゼットの外から聞こえるその声に、俺はダクネスを本当にどうしたものかとしばし悩む。
どういう状況なのかは分からないが、おそらく外には俺の声真似をするそっくりさんがいるのだろう。
正体を見抜いた事を喜ぶべきか、俺がいないとこで酷い言われようだと怒るべきか。
「こうなってしまっては仕方がない、力尽くで押さえつけさせてもらおうか! この部屋はあの男の部屋だが、その姿がない事には気付いているな? 抵抗すればあの男がどうなるか......!」
マズい、これはヤバい状況だ。
こんな事を言われてはあの誇り高く仲間想いなダクネスは......、
「なっ......! 貴様、人質を取るとは卑怯だぞ! そ、その手錠とロープで私を一体どうするつもりだ! 縛るのか!? 手錠を付けた上にそれで縛って、それから大変な事をするつもりなのか!?」
「いや、別に大変な事をするつもりはない、単に拘束するだけだ。......な、なんだ、やけに素直だな」
「くっ、私はどうなってもいい、だから私の仲間には手を出すな! ああ、手錠が冷たい......! おいお前、その声のまま『へへ、良いざまだなあダクネス! これからどうなるか分かってるんだろうな?』とちょっと鬼畜気味な強めの口調で言ってくれないか」
そう、あのド変態の大好物なこの状況では、当然こうなる。
「お前......。い、いや、いい。ほら、ロープで縛るからもぞもぞするな、おい、別に変な事はしていないのだから顔を赤くするな!」
「だって、その顔でこんな事をするから......! おい、私をどうするつもりだ、まさか狭く暗いクローゼットに閉じ込めて、それから......!」
段々声が近付いてくると、目の前のクローゼットが開けられる。
俺とダクネスはしばらくの間見つめ合うと。
「......この醜態をずっと見てたのか?」
俺はこくりと頷いた。
──さるぐつわを嚙まされ、恥ずかしさに顔を真っ赤に染めたダクネスと二人クローゼットに押し込まれながら、俺達は目の前にいるイケメンを見た。
「さて、俺が何者なのか。そしてなぜこんな事をするのかを教えてやろう」
目の前にいる俺そっくりの顔をした爽やかな男が、黙っていればいいのにもかかわらず、わざわざその正体を現した。
俺の姿がグニャリと歪み、真っ黒な人影だけがそこに残る。
「俺の名はラグクラフト。魔王軍諜報部隊長、ドッペルゲンガーのラグクラフトだ。いやいや、お前達には苦労させられたよ」
宰相の名前を名乗ったそのモンスターは、目も鼻も口もないのっぺりとした黒い顔で、聞いてもいない事を自慢気に語り出した──
「──あれは今から三十年以上前になる。この国の内政官の募集に何度も何度も応募してようやく採用された俺は、それから毎日馬車馬の様に働いた。カジノに入り浸りロクに仕事もしない同僚。カジノ狂いの王族に、同じくカジノ大好きな貴族達。こいつらが毎日散財しまくったおかげで、俺が一体どれだけ苦労をさせられたか......。いっそこの国を放っておいた方が魔王軍のためになるんじゃないか? 何度もそう考えたぐらいだ」
自慢話かと思ったら苦労話だった様だ。
事件の黒幕が、捕らえた相手に冥土の土産として語るヤツかと思ったが、どうやらこれまで溜め込んだ愚痴を言いたかったらしい。
ラグクラフトはこんこんとこれまでの苦労を語る。
真面目に働きギャンブルに目を向けないラグクラフトは、王族にアッサリ信頼された。
そこまではとても順調だった。
だが、高い地位に就けられて内政を一手に任されてからは、この国の実態に気が付いた。
とてつもない財政赤字に膨らんだ借金。
それらから目を背け、毎日遊び惚ける貴族や王族。
「分かるか? この国の人間共は、初代国王がギャンブルで当てた財産を食い潰し続け、国を破綻寸前まで追い込んでいたのだ。それを回復させたのが......」
根が真面目だったのか、コイツはひたすら頑張ったらしい。
当初の目的はスパイ活動。
だが、持ち前の真面目さと優秀さがゆえに、ドンドン出世していった。
やがていつしかスパイである事も忘れ、ひたすら国のために働き続けた頃。
宰相という内政官として最高の地位に就いたこいつは、そこでふと気が付いたらしい。
「ここまでやる必要はなかったんじゃないか、とな」
そうか、こいつは真面目とかじゃなくバカなのだ。
「この地位に上り詰めた私は、ようやく行動に移す事にした。そう、魔王様のために動く時がやってきたのだ。貴様らは魔王様に関するロクでもない噂を流しまくってくれている様だが、あの方はとても仕えがいのある素晴らしい方でな......」
それからもラグクラフトの愚痴とも苦労話とも自慢話ともいえるものがしばらく続き、やがて満足したのか息を吐く。
「ふう。長年の俺の苦労と愚痴、誰かに吐き出したくて仕方がなかった。聞いてくれた事については礼を言う」
やっぱ愚痴だったのかよ。
「さて、俺の長年の苦労を水泡に帰してくれたお前達には、どうやって復讐してやろうかと考えた。最初は凄まじいまでの殺意が湧いたものだが、考えをあらためてみたのだ」
なんだか怪しい展開になってきた。
それは俺の隣のダクネスも嫌な予感を感じ取っているらしい。
「お前達が最も嫌がりそうな事。それは、あのアイリス姫を害される事」
それを聞いたダクネスが、ムームーと唸りながら暴れ出す。
だが、縛られたままではほとんど身動きすら取れず。
「ああ、その顔だ、その顔が見たかった! ハハハハハ、お前達はこのまま放置しておいてやろう。俺は今からお前の姿を取り、まずはお前の仲間の下に行き、同じく拘束させてもらおう。そしてお前達に告げた事をあの連中にも教えた後、アイリス姫の部屋に向かうとしよう!」
ラグクラフトはそう言って、俺を真っ直ぐに見つめると。
「もうしばらくだけ、その不細工な姿に付き合ってやる。ふはははははは、そうだ、その悔しそうな顔が見たかった! 愉悦! 愉悦!! 実に愉悦だ!!」
失礼な事を言いながら、俺の姿を模して出て行った。
6
クローゼットの中でひとしきり暴れた俺とダクネスは、力じゃどうしようもない事を理解した。
ご丁寧にクローゼットのドアも閉められたせいで、外に音も漏れはしない。
こんな時にこそいつも邪魔しにくる空気読まないヤツが来ないものか。
よく考えたら、なんでダクネスはこんな時間に俺の部屋に来たのだろう。
「ふぐっ! ふぐっ!!」
おっといけない。
さるぐつわを嚙まされたままクローゼットに頭突きしようとしていたダクネスが、ほとんど効果が見られない事で断念した。
大好きな主が害されそうな事で今にも泣きそうな目をしたダクネスが、何かを思い付いた様に目の色を変えた。
このまま転がる?
もうちょっと暴れてみるか?
そんなアイコンタクトを送ってみるも、ダクネスには意図が通じていないのか、血走った目でこちらににじり寄ってくる。
「ふむーふむむー!」
何言ってんのか分からんて。
そう伝えようとするも、ダクネスはなおもフムフム言いながらもがいている。
やがてダクネスは、芋虫みたいにもぞもぞしながら、徐々に顔を近付けてきた。
あれ、こいつ顔近くね?
というかこの非常事態に、ほとんど頰と頰がくっつくレベルというか。
いや、つーか思い切りくっついてる上に口元も近い!
こんな事やってる場合じゃないだろと言う事も出来ず、俺はなされるがままに──
「ふぐっ!」
「ッ!?」
さるぐつわに嚙みつかれた。
ダクネスはさるぐつわを嚙まされながらも、俺の口元の拘束をずらそうと歯を食い縛らせる。
ここにきてようやくダクネスの意図に気付いた。
ダクネスが嚙みつき引っ張るのに合わせ、俺も首に力を入れて引き離し......!
「『ティンダー』!」
ほんの僅かに空いた隙間から、一言だけ魔法を唱えた。
着火の魔法は俺の口元のさるぐつわに移ると、そのままじわじわと燃え広がり......!
「熱い熱いあじゃあああああああ!」
俺の前髪を焼き焦がした後、さるぐつわを焼き切りやがて消えた。
おでこにフリーズをかけたいが今はそれどころじゃない。
「ダクネス、今からお前に着火魔法をかけるぞ。俺が自分を拘束してるロープにティンダーをかけても、ロープが焼き切れるまで時間がかかるし焼けたロープを引き千切れない。だがお前なら......」
皆まで言うなとばかりにダクネスがコクコク頷くのを見て、
「『ティンダー』ッ!」
俺はダクネスのロープに火を付けた。
──薄暗い廊下を灯りも無しにひた走る。
拘束を解いた俺とダクネスは、手錠だけは付けたまま、城の中を駆け回っていた。
「おいダクネス、アイリスの部屋は!?」
「それが分からんのだ、部屋を手配したのはあの宰相だ、私が知っているのはお前にあてがわれた部屋だけだ!」
となると、この広い城内でアクアやめぐみんがどこに泊まっているかも分からないわけか。
と、俺はふと気になった事をダクネスに尋ねる。
「そういえば、お前何で俺が泊まる部屋知ってんの? つーかあんな時間に何しに来たんだ? あの宰相は俺に邪魔されない様に拘束しておきたかったんだろうが、お前に俺の部屋に来る様に言ってたのか?」
それを聞いたダクネスは、一瞬ビクリと身を震わせ、
「そ、それは......。いや、お前には今回の件でもまた世話になったから......。今度は、頰にキスなどという子供みたいな礼ではなく、もっとちゃんとした物をと思い......」
「エロ! お前やっぱエロネスだ! この非常時に、つまり夜這いに来たってわけか! とんだドスケベ女だな!」
「ちちち、ちがー! そこまでするつもりはなくて、もう少しソフトなやつを......! それに、今回は結果としてお前を助ける事が出来て良かったじゃないか!」
開き直ったダクネスの言葉に、俺はこの街の宿で確かにダクネスが今度はちゃんとした礼をだとかブツブツ呟いていた事を思い出した。
そういう大事な事は、こういったところじゃなく家に帰ってからにしてほしい。
さっきめぐみんもどきが現れた時、一線越えようとした俺が言うべきでもないが。
と、その時。
「あーっ!」
こんな時間だというのに、俺達を指差し大声で叫ぶバカの声。
「やっと見つけたわよセクハラニート!」
「この男、こんなとこにいましたか! 最低です、最低ですよ本当に!」
暗がりから現れたのはパジャマ姿のアクアとめぐみん。
セクハラニート呼ばわりされるいわれはないはずだが、この二人の反応は一体何だ?
「おいこら、人を犯罪者みたく呼ぶな。今はお前らに構ってる余裕はないんだよ、それよりアイリスの部屋を知らないか? 緊急事態なんだ、知ってたら教えてくれ」
俺の言葉にアクアとめぐみんは顔を見合わせ。
「アイリスの部屋ならこの先ですが、もうちょっとこう釈明とかはないのですか? まさかカズマが、アクアの部屋に夜這いに来るとは思いもよりませんでしたよ」
その言葉に俺は思わず噴き出した。
「おまっ、ふざけんなよ! 俺にだって相手を選ぶ権利ぐらいあるんだぞ!」
「ちょっとあんた人の部屋にやってきて口説いておいて、今さら何言ってくれてんのよ! まったく、めぐみんが私の部屋に遊びに来なかったら、何するつもりだったのか分かったもんじゃないわ!」
俺とダクネスは、互いに小さく頷き合うと。
「おい、アイリスの部屋への案内頼む! つーか俺がアクアに夜這いなんてするわけないだろ、馬小屋で隣に寝てた時ですら何もなかったんだぞ! 俺が常連になってる店ですらお前にだけは世話になった事ねーよ!」
「ほー! あんなに情熱的に口説いておいて、振られたら無かった事にするなんて恥ずかしいと思わないんですかー? もっとこう、本気で私を口説きたいのなら全財産をくれるとか高級なお酒を貢ぐとか、あるでしょう色々と! そうしたら手ぐらい繫いであげてもいいわ!」
このバカ本気で引っ叩きたい。
いや、それ以上にこいつに余計な事を言ったラグクラフトをしばいてやりたい!
「あいつは俺の偽者なんだよ、ドッペルゲンガーだドッペルゲンガー! この城にドッペルゲンガーが潜入してんだ! アイリスを狙ってるんだよ!」
それを聞いたアクアとめぐみんが顔を見合わせ。
「ねえ、それじゃあ私の青髪を褒めちぎってたのは偽者だったって事? あなたがアクシズ教徒でさえなければ完璧なのにって、わけのわからない事言ってたのは?」
「私にも、紅魔族でさえなければ完璧なのにって言ってくれましたが、これはぶっ飛ばさなければ気が済みませんね」
そんな聞きたくもない事を言いながら、俺達を案内する。
止めてくれ、どんな口説き方してるんだよアイツ、もうほんと止めてくれ!
この流れだと、俺の偽者がアイリスを真剣に口説くわけか?
妹だと思い込んでるだろうしそれはさすがに無いと思いたいが......!
「ここです、アイリスが泊まっている部屋は。......と、中から何か音がしますね」
ヤバい、既に中にいる!
俺とダクネスは部屋のドアを開けようと──!
「『エクステリオン』ッッッッ!」
したその瞬間。
俺の頭の少し上を、強烈な斬撃が走り抜けた。
それから一拍おいて部屋のドアが音を立てながらガランと崩れ......。
「お、お兄様!?」
部屋の中には、どんな口説かれ方をしたのか剣を片手にパジャマ姿で真っ赤な顔をしたアイリスと、ラグクラフトだったと思われる黒い液体が床に広がっていた──
7
「──面目ない!」
翌朝。
あの騒ぎが城中に知らされた後、俺達はいままで借りていた宿へと帰り。
一夜明け、こうして再び城にやって来たのだが。
「あの、レヴィ王子。あなたが関与していたわけではないのですから、それぐらいで......」
家臣達の前であるにもかかわらず、顔を見るなり突然土下座を始めた王子に、アイリスが戸惑っていた。
宰相がドッペルゲンガーだったという大事件は、既に城の中に留まらず、街にいる人々にまで広がりをみせている。
今のアイリスは、もはやドラゴンスレイヤーの英雄だけにとどまらず、危うくドッペルゲンガーに乗っ取られそうだったこの国の救世主でもある。
その救世主と王子が婚約を結んでいた事はこの国の人間であれば誰もが知るところであり、今やこの国の城下町はお祭り騒ぎと化していた。
「すまない! 俺があまりにもバカだった。ああ、バカ王子と呼ばれても仕方がない! アイリス姫がこの国に来なければ、魔王軍の手先にこの国の中枢を乗っ取られたままだった......!」
先ほどから王子はこの調子だ。
ラグクラフトはこの国によほど深くまで食い込んでいたのか、あいつがドッペルゲンガーだと知れた時のショックは凄まじかった。
田舎者だと見ていた人達は皆がアイリスに手の平を返し、今では誰がこの国の主なのか分からないまでに崇拝されている。
と、アイリスが謁見の間の中央に進み出ると、そこに土下座している王子に対し笑いかける。
「王子。王族たる者は簡単に頭を下げてはいけないんですよ?」
それを聞いた王子はバッと立ち上がると、大きく咳ばらいをし。
「わ、分かった。だが、今回の事で大きな借りが出来てしまった。我が国はベルゼルグに対してこの恩を忘れない。今後、何かあったらどんな事でも言ってくれ。その......」
そこまで言うと、ほんの少しだけ躊躇した後。
「ベルゼルグとエルロードは同盟国にして友好国だからな」
照れくさそうに顔を背けた。
そんな王子に家臣達とアイリスが穏やかな視線を向け、謁見の間を和やかな空気が支配した。
アイリスのそんな姿を眩しそうに見ていたダクネスが、アイリスの隣に立ち、
「では、これにて一件落着という事で。全てが丸く収まった上に互いに友好も深まり、結果的には良かったですね。今後とも我が国の事をよろしくお願いいたします、レヴィ王子」
「ああ、後方支援しか出来ないが、それだけでも任せて欲しい。しかし、本当に良かった。アイリス姫の兄上にも随分と世話になった。イカサマをされたのは頂けないが、あれもまた良い社会経験になった」
最初に会った時はなんだったのかというぐらいに穏やかで上機嫌な王子は。
「いずれ俺の兄となる方なのだ、これからはこの城を自分の家だと思い、いつでも遊びに来てほしい」
そんな、よく分からない事を言い出した。
だが誰も王子にツッコまないので、ここは俺が注意してやろうと思う。
「何で俺がお前の兄になるんだよ。どんな頭をしてればそんな発想が出てくるんだ?」
俺の放った一言に、謁見の間の時が止まった。
「............。えっ? いや、アイリス姫の兄上だろう?」
「そうだよ? 血は繫がってない義理のお兄様だけど」
俺の言った事は難しかったのか、首を傾げる王子。
「血が繫がっていない? ど、どういう......事だ? ジャティス王子ではないのか? となるとお前は一体誰なんだ?」
「ベルゼルグ一かもしれない冒険者、サトウカズマです」
俺の答えを聞いても、王子はいまいちピンとこなかった様だ。
「......ああ、何かわけありの兄妹という事か? まあ、それにしてもアイリス姫が兄と慕っているのだから、やはり俺にとっても......」
こいつはやっぱりバカ王子なのかもしれない。
「いやいや。お前、アイリスと婚約解消したじゃん」
今度こそ、時が止まった。
「ねえねえ、あの人ピクリとも動かないわよ? 大丈夫かしら」
「その、そっとしておいた方がいいと思います。というかカズマ、言っちゃいけない事というものがあるんですよ。せっかく誰も触れなかったのにどうして教えちゃうんですか」
アクアとめぐみんのヒソヒソ声で、王子の目に光が宿る。
「あ、ああ、あれは......。ベ、ベルゼルグと距離を置こうとして、それでアイリス姫にワザと嫌われようとしただけで、本心から言っていたわけでは......! それに、俺も宰相に騙されていたわけだし、何よりも同盟と友好の証というか......!!」
最初に顔を合わせた時とは違い、いつになく必死な王子が、アイリスに向けて懇願する様な視線を送る。
アイリスは、一瞬だけ俺の方を見て困った様な表情を浮かべると。
「......ベルゼルグとエルロードは、ずっとずっとお友達です。なので私達も、ずっとお友達でいましょうね」
「待ってくれえええええ!!」
エルロードの王都が遠く離れていくのを眺めながら。
「ねえ、私達ってひょっとして、まともに観光地を楽しんだ事ないんじゃないかしら」
竜車の一番後ろの座席で、膝を抱えたアクアが呟いた。
「お前は今さら何言ってんだよ。高確率で毎度騒動を起こすお前が言う事じゃないだろ」
「ちょっと待ちなさいよ夜這いニート。今回はお小遣いさえもっとあれば、まだまだ楽しめたんですー。アクセルに帰ったら私のお小遣い増やしてよ! そうしたら食事当番も一日替わってあげるから」
こいつ......!
「お前今なんつった! 夜這いニートって言ったのか!? お前なんかに興味ねーよ、毎日どれだけ馬小屋で一緒に寝泊まりしたと思ってんだ、そん時俺がなんかしたかよ!」
「あの時よく夜中にゴソゴソしてたじゃないの! 隣に麗しい美少女が寝てるのよ? おかずにしないわけないじゃない、この噓吐きニート!」
こんのアマああああああああああ!
久しぶりに怒りの沸点を超えた俺は、アクアをどう泣かせてやろうかと走行中の御者台の隣にいたにもかかわらず、アクアのいる後部座席に乗り移る。
さすがに危険を感じたのか、アクアが両手を上げて降参のポーズを取るがもう遅い。
と、俺が折檻してやろうと思ったその時。
「あははははっ!」
めぐみんの隣にいたアイリスが、突然おかしそうに笑い声を上げた。
「あははははははっ! あはははははははっ!」
アイリスにすっかり毒気を抜かれた俺は、仕方なくアクアの隣に腰を下ろした。
「お前許して欲しかったら今週の料理当番替われよな?」
「いいけど三食納豆ご飯を覚悟しなさいよ」
やっぱりちっとも反省していないらしいアクアをアイリスが楽しそうに眺めながら、
「やっぱりお兄様といると毎日が凄く楽しいです。本当に、今回の護衛依頼を請けてくれてありがとうございました」
無邪気な笑みを浮かべて言った。
「いや、いいんだよ、俺も楽しかったしな。それより俺がショックなのは、一番付き合いが短いはずのアイリス以外が誰一人として俺の偽者を見抜けなかった事だよ。お前ら一体なんなの? どれだけ俺と一緒にいるの?」
と、御者台の方から突然抗議の声が上げられた。
「待てカズマ、私は、私だけはちゃんと見抜いたぞ! 最初はちょっと騙されたが、お前ではないとすぐに確信したぞ!」
「お前はなおさら悪いよ、俺じゃない奴に何させてたんだよ、相手がちょっと引いてただろうが!」
めぐみんとアクアがプイッと目を逸らす中、
「レヴィ王子にも言いましたが、私は人を見る目だけはあるつもりですから」
アイリスが、そう言って自信ありげに微笑んだ。
「ねえアイリス、カズマをお兄様呼ばわりして慕う時点であなたの目は曇ってるわよ?」
「おっ。上等だこら、自称曇りなきまなこを持つアクアさんよ。お前、モンスターが化けてるのも見破れないで、それで自称何とかなのか? あ?」
アクアが耳を塞いで聞こえないフリをする中、俺はふと思い出しある物を取り出した。
「そうだアイリス、お前ずっと仕事の事を考えてたせいであそこの街を回れなかったろ。安物だけどお土産買っといたぞ」
それはあの街で買った子供向けの小さな指輪。
一つ四百エリスの安物だが、残念な事にもっと高い物を探そうとしてた事を忘れてた。
こんな安物はちょっとと断られるかと思ったが、アイリスは目を見開くと。
「本当に? 私がこれを貰ってもいいんですか?」
「ああ。ほら、アイリスってずっと付けてた指輪が今は無いんだろ? そこの指だけちょっと白くて目立つからさ。代わりにどうかと思ってな」
俺が差し出した安物の指輪を大事そうに両手で受け取った。
「カズマカズマ、私にはそういう物はないのでしょうか? 私だって年頃の女の子なので、そういった物を頂くのもまんざらでもないのですが」
横から急に口を挟んできためぐみんに、俺はちゃんと用意していた物を取り出すと。
「ほら、めぐみんにはエルロードせんべいな。実はこっちの方がアイリスの指輪より高かったんだぞ」
「........................」
せんべいの袋を両手で抱え、複雑な顔でそれを齧るめぐみんをよそに。
「カズマさんカズマさん、私には? 私にはなにかお土産ないの?」
「お前にはドラゴン退治の時に金鉱山で見付けた、金が混じったっぽい色の石をやるよ」
もしかしたら金鉱石かもと一応拾っておいた石を渡すと、アクアは形が気に入ったのか文句も言わずに眺めている。
御者台ではダクネスがたまにチラチラとこちらを見るが、竜車を操っている最中のお前は後だ。
というか、よく考えたらお前らはアイリスと違って街に出てたんだからお土産なんていらないじゃないか。
と、俺がそんな事を考えていると......。
「へ、えへへへへ......」
指輪を大切な宝物の様に眺めていたアイリスが、突然そんな笑い声を上げて。
「お兄様! あ、いえ......。ええっと、その......」
何かを言いかけたアイリスは、意を決した様に息を吸うと。
「ありがとう、お兄ちゃん」
そう言って満面の笑みを浮かべた──
あとがき
この度は10巻をお買い上げいただきありがとうございます、埼玉に越して一年以上経つのに、近所のコンビニとデパート以外、ほとんど引き籠もりっ放しの暁なつめです。
せっかく秋葉原まで三十分という地に住んだのに、ちっとも都会を満喫出来ていない気がします。
特に忙しいわけでもないはずなんですがね、家でゲームやる時間はたっぷりあるので。
しかし、なぜか山奥に住んでいた頃よりも更に仙人みたいな暮らしになってきました。
そんな作者の近況はかなりどうでもよいと思うので、現在進行形の他の事などを。
ただいまスニーカー文庫公式ホームページ、スニーカーWEBにて、『続・この素晴らしい世界に爆焔を!』が連載中です。
こちらはアニメ化に伴い人気投票を行ったのですが、その際に一位になったキャラの物語を書くという企画がありました。
当初は数ページのおまけ小説を書こうと思っていたところ応募総数がえらい事になり、これで数ページとかだと怒られそうだよねと急遽web連載に。
そんなわけで、一位になっためぐみんのスピンオフ第二弾となっておりますので、興味のある方はぜひぜひ。
あと、現在月刊ドラゴンエイジさんで本編やアンソロジーが、月刊コミックアライブさんで爆焔シリーズが、webコミッククリアさんにて4コマがそれぞれ漫画連載中ですので、そちらも読んでみてはいかがでしょうか。
今巻では久しぶりの妹回でしたが、次巻ではあの問題児集団が再登場する予定ですのでお楽しみに!
というわけで今巻も、イラストの三嶋くろね先生を始め、担当Sさん、デザインさんや校正さん、営業さん、その他大勢の方々に助けられ、無事出版出来る事となりました。
そんな、この本に携わってくれた方々にお礼を言いつつ。
そしてなにより、この本を手に取ってくれた全ての読者の皆様に、深く感謝を!
暁 なつめ
『女神、頑張ってます』
午前十一時。
まだ眠いのか、アクアがパジャマ姿でフラフラと階下に降りてくる。
本日の料理当番であるめぐみんが、朝食を兼ねた昼食をかいがいしく用意する姿をソファーにだらしなく寝そべりながら見守るアクア。
その後、寝ぼけ眼のクセに人一倍モリモリ食べ、再びソファーに横になるのを確認。
ゼル帝を腹の上に載せたまま眠くなったのか昼寝に入る。
午後一時。
食後の昼寝を終えたアクアは、一旦部屋に戻ると普段の格好に着替えて現れた。
どうやら、暇を持て余し散歩に出かける様だ。
紅茶を飲みながら読書をしていたダクネスに小遣いをねだりだした。
読書の邪魔をされたダクネスが、明日の皿洗い当番を交代する事を条件に幾ばくかの小遣いを与えた。
午後二時。
なぜか家の近所に住む老人に拝まれているアクアを確認。
夜中徘徊する事で有名な爺さんだが、いよいよ危ないのかもしれない。
拝まれて上機嫌のアクアは爺さんにヒールをかけると散歩を開始。
塀の上で丸くなり眠っている猫を見付け、それを眺めたまま動かなくなる。
触ってみたい様だが、普段ちょむすけに拒絶されるため躊躇しているらしい。
寝てるとこを起こすのもかわいそうだから見逃してあげるわと、大きな独り言を言いながら満足気に大きく頷きその場を立ち去る。
ちなみにその大声で猫は起きた。
午後三時。
時刻を知らせる鐘が鳴り響くと、アクアが辺りをキョロキョロしだした。
近場にクレープの屋台を見付けると、先ほどダクネスから貰った小遣いで早速購入。
先ほどあれだけ食べたクセにまだ食べる様だ。
三時のおやつは義務であるとでも認識しているのかもしれない。
この屋台の常連なのか、クレープ屋のおっちゃんに今日のクレープも悪くなかったわと上から目線で感想を言っている。
おまけとしてクレープの生地の切れ端を貰った様だ。
嬉しそうにそれを齧りながら散歩を継続。
午後三時半。
公園で子供達が砂山を作っている隣にアクアが乱入。
クリエイトウォーターで砂を濡らし、等身大のゴブリンを制作。
大人げなくドヤ顔で勝ち誇るアクアに、子供達は砂で出来たゴブリンを称賛する。
どちらが子供なのか分からないが、褒められて満足したのか、そのゴブリンは改造するなりやっつけるなり好きにしなさいと言い残してその場を立ち去る。
ちなみにゴブリンはわんぱくな少年にドロップキックで粉砕された。
午後四時。
街の噴水にザブザブ入り、当たり前の様にコインを拾うアクア。
通りがかった警察官に注意され、噴水に投げられたお金は水を司る自分への寄進だと逆ギレし喧嘩を始めた。
その言動でアクシズ教徒だと理解したのか、警察官は嫌そうな顔で分かった分かったと言いながら立ち去った。
面倒事を避けて見逃された様だ。
午後四時半。
ウィズ魔道具店に入ったかと思ったら数分もしない内にアクアが出てきた。
続いて出てきたバニルに塩を投げつけられているところから、何かをやらかし追い出された様だ。
アクアに指を突き付け何かを言ったバニルが店に戻ると、何かを言われた本人はドアに向けて魔法を掛けた。
ドアが白く光り輝いているところから、腹いせに聖なる結界か何かを張った様だ。
店の中からバニルが何かを叫んでいるが、アクアは耳を押さえて聞こえないフリをしながら逃走した。
この手慣れた感じからしてどうやらいつもの事の様だ。
午後五時。
アクアは商店街をフラフラしながら、魚屋の店先でクリエイトウォーターで綺麗な水を魚にかけて礼を言われたり、酒屋の樽を覗き込もうとして店主に怒られたりしている。
商店街では結構顔を知られているのか、店主達に声をかけられては商売に使う水瓶に綺麗な水を出しては褒められ、上機嫌の様だ。
お礼代わりに貰ったするめを齧りながら散歩を続けている内に、やがてアクアはエリス教会に到着。
するめを齧りながら当たり前の様に貧しい人が受ける配給の列に並ぶと、もはやすっかり常連なのか、エリス教のプリーストにため息を吐かれながら配給のパンを受け取る。
と、再び列の後ろに並び直し、何度も何度もパンを受け取りだした。
やがて、これ以上は止めてくださいと叱られたアクアが大量のパンを抱えて移動を開始。
午後六時。
アクシズ教会に着いたアクアが、セシリーと共にパンを道行く人達に配りだした。
恵まれない人に対する配給はエリス教の専売特許ではありません、アクシズ教団でも行っています、アクシズ教を、アクシズ教をと喚いている。
......俺はそこまで確認すると、これ以上は必要ないとばかりに家に帰った。
「──ねえカズマ、聞いて頂戴。今日は聖職者らしく、とても良い事をしてきたわよ。お爺さんにヒールを掛けて拝まれ、子供達に崇められ、悪魔が住む店に封印を施し、商店街で感謝されて教会で施しをしてきたの。こんなに健気に頑張る私に、お小遣いとかくれても......」
「日頃お前が何やってんのか、潜伏スキルで身を隠して朝からずっと観察してたんだよ! お前絶対女神じゃないだろ!」
カバー・口絵・本文イラスト/三嶋くろね
カバー・口絵・本文デザイン/百足屋ユウコ+モンマ蚕(ムシカゴグラフィクス)
この素晴らしい世界に祝福を!10
ギャンブル・スクランブル!
【電子特別版】
暁 なつめ
2016年11月1日 発行
(C)2016 Natsume Akatsuki, Kurone Mishima
本電子書籍は下記にもとづいて制作しました
角川スニーカー文庫『この素晴らしい世界に祝福を!10 ギャンブル・スクランブル!』
2016年11月1日初版発行
発行者 三坂泰二
発 行 株式会社KADOKAWA
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